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苛立ちや怒りで振るった「暴力」を、「強くするため」「しつけ」と正当化するメンタリティ

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育てられなかった親たち

Photo by Tom Reynolds from Flickr

 当時の妻の連れ子、村山由衣翔(ゆいと)くん(14=当時)に暴力をふるい、自殺に追い込んだとして傷害、自殺教唆の罪に問われていた村山彰(41=逮捕時)。2014年7月30日朝、首を吊って亡くなっている由衣翔くんを、村山の元妻であり由衣翔くんの実母であるAさんが発見した。村山の暴力によって顔に痣ができ、学校を休まされるようになったのが同年6月。だが、それまでも由衣翔くんは村山から暴力を受けていたという。

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 Aさんは前回公判に証人出廷し、村山や由衣翔くん、そして村山との間に産まれた次男の4人暮らしの様子を詳しく語った(これまでの記事の通り)。2015年7月17日に行われた被告人質問で、村山は自分の主張を存分に語り尽くしたが、それは前回のAさんの話とはかみ合わない点も多々見られた。弁護人に対しては滑らかに語り散らした村山であったが、対する検察官がそれに切り込む。村山は警戒しているのか、とたんに声が小さく低くなり、聞き取りづらくなった。

 村山は2011年1月に出所し、同年4月にAさんと知り合い、5月に由衣翔くん(当時小学5年生)とAさんの住むアパートで一緒に暮らし始めた。このとき暴力を加える事はなかったが、由衣翔くんが中学生になった8月頃から暴力を振るい出す。平手ではなく拳で殴っていたという。村山がAさんに送るために撮影していた由衣翔くんの写真が証拠として採用されており、それを示しながら、暴力の程度を確認してゆく。写真は村山にしか示されないが、顔に痣があるなど、暴力があったことは確実なもののようだ。

検「(暴力を振るった)理由は『男らしく強くなってもらうため厳しく』と?」
村「それ以外に理由あります」
検「私がいま述べたのも理由?」
村「断片的な一部です」

 由衣翔くんは2014年6月、学校に行っていないが、これは体育祭の2日後である12日からであると供述した。理由は、Aさんも語っていた通り、村山が由衣翔くんの顔を殴り痣ができてしまったからだ。このときの暴力もこう弁解した。

村「弁護士ともこの件相談したんですけど、この場合、言うべきか迷ったんですが、由衣翔は学校でイジメを受けてた。6月10日、体育祭のリレーで失敗したんです。バトンの受け渡しを……そのとき、後から責められることを言われて家に帰ってきて、十分に……責められたら何で男だったら言い返さないんだと頭を殴ってしまった」

 その1週間後の19日、由衣翔くんは村山とAさんに足を踏みつけられて怪我を負い、歩けなくなった。

検「あなたが暴力を振るった後、奥さんも」
村「はい」
検「病院にどうして連れて行かない?」
村「このくらいの腫れだったら、私もケンカして足を折ったことあるんですが病院行かずに治したんで、このくらいだったら、それに関しては、少年期に歩けない怪我を負って病院に行ってないんで、安静にしてたら治ったんで、そういう認識でいた」
検「トイレや食事は申告制にしてたんですか?」
村「してません」
検「由衣翔くんが休んでから学校に『由衣翔は山形の田舎に行ってる』と説明しましたね」
村「私としては外出させたい気持ちがあったんですが、妻が学校側に、山形に預けたと虚偽申告したんです。私も妻に文句を言いました」
検「7月は日中、外出させてない?」
村「ないですね」

 学校には由衣翔くんは山形に言っているとウソの説明をしていたため、不在に見せかけるため、由衣翔くんの部屋のカーテンは昼夜問わず閉めており、また夜は電気をつけていなかった。その期間、部屋に閉じ込めていたわけではなく、家の中では自由に移動できていたと村山はやはり主張する。

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