インタビュー

絶頂期の「逮捕」、勃起障害からのAV引退。チョコボール向井に訪れた転機とは/インタビュー【2】

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 プロレスラーを夢見てカラダを鍛えていた20歳前後、たまたま見かけたAV男優の募集に応募し、トントン拍子に人気男優の道を開拓したチョコボール向井さん。慣れからくるインポや急性腰痛に悩まされながらも、スター街道まっしぐらだったチョコさんは、憧れのプロレス業界にも足を踏み入れることができました。しかし、そんな日常を一変させた、あの「逮捕」。一体何があったのでしょう。

駅弁・腰痛・インポ…チョコボール向井、AV全盛期を語る/インタビュー【1】

AV男優とプロレスラーのかけもちの日々

――チョコさんは、プロレスラーになるという夢も叶えられていますよね。

チョコ 99年の終わり、「FMW」というエンタメ路線のプロレス団体の興行に、AV女優が出演していたんですよが、男優も出してみようってことで、「チョコボールさんやってみませんか?」とお声をかけていただいたんです。エンタメ路線といっても、私は、本気でやってましたよ。AV男優として仕事してからちょうど10年ほどのタイミングで、夢だったプロレス界に戻れたと思って。2000年から7年間は、AV男優とプロレスラーのかけもちでしたよ。朝からAV撮影して、夜には後楽園ホール行って試合して……大変でしたけど、でも一番自分のやりたいことを出来ているのは、充実していましたよ。

――AV男優とプロレスラー、お仕事の比重としてはどれくらいの割合でやっていたんですか?

チョコ 私が団体に入った年は、プロレスの試合に月10本くらい出ました。後楽園で月1~2回、その他は地方公演に行くんですよ、東京から福井や九州へ。キャリー片手に日本中どこでも行っていましたね。どこかでAV男優っぽさを見せたくて、ヴィトンのベガスを愛用していました。チャラチャラして見えたかもしれないけど、プロレスの試合の時だけは、本人はいたって真面目。本当は、エンターテイメントな部分を求められていたでしょうから、最後に「えきべーん!」と叫びながらキメる「駅弁固め」という技は持っていましたけどね。

――お客さんが湧いたら嬉しいですもんね。

チョコ そうなんですよ。それがプロレスの世界に入ってよかったなって思うところ。回り回って、やりたいことをやれたんだなって。AV男優をやっていなかったらプロレスも出来なかっただろうし、プロレスラーに憧れて肉体を鍛えていたからAV界にも入れたし、どっちが欠けても成立しなかった。

――かけもちで多忙だったとは思いますが……結構稼いだんじゃないですか?

チョコ AVだけでも、デビューからの5年間は一番ピークで、年収2,000万円以上はもらってましたね。ボディビル時代は月に20万円だったのが、いきなり100万円以上ですからね。まず最初にロレックス買って、良い部屋に住んで。男優にもいろいろいますけど、ひとつだけほとんどの男優に共通する趣味があって……車なんですよ。200万円の車から始まって、1,000万円とか1,500万円とか、高級車に乗り換えました。当時は、加藤さんはフェラーリで、私はベンツで。1年に1回は買い換えていました。今考えたら、どれだけ勿体無いことをしたか。

――でも、それで現場に行くのが、格好いいわけですよね。

チョコ そこなんですよ~、それがステータス。周りがワーッとなって、箔がつくっていう。家にこだわる、いい車に乗る、それが90年代の一番ピークだった頃の欲望。そして2000年になってAV男優からプロレスもやって好きなこと全部叶えられたんだよね。一番有頂天だった時期です。

choco-he

店内には、レスラー時代のポスターも

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