有頂天人生から一転……「逮捕」そして、転機
チョコ で、2004年、逮捕。これが人生の分岐点でもあります。一気に落っこちた。
――逮捕について、あらためて詳しくお伺いしてもいいですか。
チョコ 忘れもしません。知り合いが経営していた六本木のハプニングバー。ショータイムやるから協力してくださいって言われて、出演した。その1回目が大盛況だったから僕も気を良くしちゃって、翌月の出演も喜んで承諾して。でも、既に噂が広まっていて、警察がベッタリと内偵で入っていたんですよね。本番行為をした瞬間にピカピカって写真撮られて「はい、逮捕」って。23日間、拘留されました。保釈されましたが不起訴にはならず、執行猶予3年がついて。AV業界ってクスリ以外は寛大だから、撮影はすぐ復帰は出来たんですけどね、でも風当たりが強かったし、テレビなんて地上波の出演はダメだし。そういうので、2004年の逮捕時以降は、仕事量がガクンと減りましたね。
――かけもちしていたプロレスの仕事にも影響が出ましたか?
チョコ もちろんプロレスの試合も休み。あのときは辛かったですねぇ。夜中に捕まって朝5時頃まで取り調べが続いて。翌日も撮影の仕事が入っていたから、警察に「こういう事情で出られなくなりましたって、監督に連絡だけでもさせてください」って頼んで。主演作品だったのに、キャンセル。仕事をドタキャンしなきゃいけなくなったことが、人生で一番辛かった。正直、自分は調子に乗ってたんだなぁって思いますね。
――それでもAV業界は寛大だったわけですよね?
チョコ とはいえ、業界の全体的な流れが変わって、結局、僕の仕事は大幅に減少することになったんです。同じ頃、AVの制作本数が月に100本単位だったのが1,000本に到達する勢いで激増しました。女優さんもめちゃくちゃ増えたけれど、男優は基本的に50人程しかいなかった。そうすると男優の仕事は増えるだろうと思うかもしれませんが、逆に、目立つ男優は敬遠されるようになったんです。かわいい・キレイな女優さんを撮るのがAVのメインになっていって、男優なんて顔も声も映らない、存在感のない奴が一番いいと。キャラの立つ男優は敬遠される。そこで一番影響を受けたのが、加藤鷹さんとチョコボール向井。このころから仕事が目に見えて減っていきましたね。でもいい機会だからプロレスに専念しようと思って、2004年から2年間は男優3割、プロレスは7割。
――しかしFMWは02年に消滅してしまいましたよね。
チョコ そう、潰れちゃったんで、色んなところ渡り歩いて……最終的にはフリーでしたけど、その時が一番プロレスをいっぱいやりましたよね。そんな中で、プロレスを介して新宿二丁目のバーを仕切ってるオネエに出会いました。06年末にプロレスを引退したんだけど、「体も辛くなってきたから引退する」って話をしたら、「今後どうするの? バーをやりなさい」ってアドバイスされて、この店を始めました。だからこの店もAVと同じく、たまたまのなりゆきなんです。
――店舗経営はおろか接客業も初めてだったんですよね?
チョコ 初めて。飲食店なんてやるつもりなんか全くなかったし、考えたこともなくて。でも、なんか、いいや! って。AV男優もそうですけど、やりたかったプロレス以外は、僕はなんとなーくでやってるんですよね。
――「なんとなく」で、新宿二丁目で、10年も続けられるって凄いですよね。
チョコ なんとなくやる方が成功しちゃったりするんですよ。