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中年女性と恋愛・結婚の関係を結ぶ男は、なぜ称賛に値するのか?

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ナガコ再始動

ナガコ再始動

 先日、テレビをつけたら、「元プロ野球選手のペタジーニ氏と25歳年上だった元妻オルガ夫人の年の差を越える、日本の夫妻を探す」という主旨のバラエティ番組(※8月10日放送の『水曜日のダウンタウン』TBS系)が放映されていた。

 かつて日本のプロ野球リーグで活躍したベネズエラ出身のロベルト・ペタジーニ氏(45)は、25歳年上の女性・オルガさん(友人の母親であった)と結婚。来日当時から、密着して歩き、人前でのキスも憚らない熱愛ぶりが話題となっていたが、3年前に離婚している。番組の企画は、この「女性が上の25歳差婚」を上回る年齢差のご夫婦を日本国内で調査するというものだった。

 この手の企画は、概ね「なんと女性の方が25歳も年上!」と年齢差を強調したうえで、「男性は、どんなメリットがあってそんなにも年上の女性と結婚したのか」「妻が資産家令嬢か起業家か何かで、金目当てか」という論調に発展するものだが、当番組も例外なく「打算のあるなし」に着目。出演者たちは、「打算はない」ときっぱり断言する夫の態度に、「すごい!すごい!」と口を揃えた。

 一体、何がそんなに、すごいのか。「打算」に焦点を当てた構成を根拠に考察してみると、彼らは「打算でもなければ、若い男性が、自分の親と年齢の近い女性と、結婚するとは考えられない」とする価値観を前提に、「愛情のみで結婚したなら、すごいことだ」と賞賛しているわけだ。つまり前提条件には「中年女性は、男性にとって、手放しに愛情を感じる対象ではない」とする価値基準も含まれている。

 さすが、ロリコン大国ニッポン。女性の若さを消費する一方で、ある程度の年齢に至った女性を「女」と看做せない男性の心理を、気軽にバラエティ消費するあたりが、世界ジェンダーランキング下層位の本領を発揮。番組内では、お母さんと年の近い女性の魅力を説く出演者のコメントも紹介されていたが、面白おかしく説明するほど“熟女マニア”のネタとして「いじられる」構図からの脱却ならず。男女の愛情関係において、日本の中高年女性が“マニア”の特殊枠より開放されるのはいつの日か。

恋愛は全自動的な受動感情

 もっとも、結婚の場合、お互いの家や親の事情、子供の問題など、2人の関係性以外についても考慮する必要がある。よって、その条件としてお互いの年齢および差を重視する方々もいることだろう。ただし、結婚契約のような義務と責任を伴わない恋愛関係(契約違反の不倫は除く)については、男女ともに何歳年が離れていようが2人がよければ幸福で何よりだ、と私は思う。

 特に、昨今は、中年女性と年下の若い男性の恋愛など、さほど珍しいケースではない。当の中年女性である私(現在42歳)が、25歳年下の17歳男性に恋愛感情を抱く状況を想像してみても、「普通にあり得る」。同様に、67歳の男性に惹かれることも日常茶飯事である。だって、年齢が恋愛しているわけではあるまいし。相手が10代だろうが80代だろうが、「好きになっちゃった」事実、ただそれだけが恋愛現象であって、年齢などたまたま相手に添付されているただのプロフィールに過ぎない。

 と、書くと、「もう40代なのに10代と恋愛しようとしている中年女、まじでキモい死ね」やら「いつまで女でいるつもりだ。とっくに消費期限は切れている。諦めろ」やらと、女性の年齢いじりが大好きな方々に揶揄されるわけだが、そもそも「恋愛感情」と「恋愛関係」は別物である点、ご留意願いたい。

 男性を好きになることは、私にとって「四季の中では、春が好き」「色の中では赤が好き」「なぜか昔から虹が好き」レベルの趣向の話である。「40歳を越えて、春が好きとか、超キモい」とからかわれたところで、「10歳だろうが80歳だろうが、好きなものは好き」。ただそれだけの話だ。

 恋愛は「気がついた時には、好きになっちゃっている」自然現象だ。「好きになろうと能動的に努力した結実」ではない。「恋愛したい、だから、している」わけでもなく、「事前に好きにならないように注意する危機管理能力」を発動してコントロールできる代物でもない。ある日、突然、誰かにぶつかった際、勢い「芽生えちゃう」種の全自動的な受動感情だから、当の私の意志や意識が与り知らぬところで勝手に育成されていることさえあり得る。

 つまり、自己管轄外のハプニングに他ならないので、いくら自分で「今は恋愛したくない」と思っていたとしても、意志に反して「勝手に始まっている」。それが恋愛の魔力である。少なくとも私自身は、自分には恋愛感情をコントロールする権限がないと認識しているくらいだから、他者に「恋愛するな」と言われても、応じることは不可能だ。文句は私ではなく、年齢でもなく、人類に与えられし恋愛感情そのものに言えとお伝え申し上げたい。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。

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