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男女が「息子と母」と化す恋愛。または「母性による育成欲求」のおぞましさ

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ナガコ再始動

ナガコ再始動

 人様の言動を見聞きして、「うわ、気持ち悪い。生理的に受け付けない」と感じる時。それは、他者に投影された「気持ち悪い要素」が、自分の心の中にこそ潜んでいる事実を知らせる合図である。

 人様が気持ち悪いのではなく、自分が同要素を所持している事実が、気持ち悪い。その事実を認め、気持ち悪さを解消するべく自己とじっくり向き合う作業も、なかなかしんどい。よって、事実が自覚意識のエリアに浮上する前に、「それは他人事であって、自分事ではない」と暗示をかけ、自己受容を拒絶。気楽に人様の文句を言う客観視点を用いて、自分事より切り離す。人間はその処理を一瞬でおこない、「うわ、気持ち悪い。生理的に受け付けない」と反射するのだ。

 かく言う私自身も、自分事の問題意識を無視した状態で、多くの物事を他人事処理し、自己と直面するしんどさより逃げて来た。中でも最大の執着力をもって拒絶してきたものが「母性の受容」である。

 自己における男女性のバランスが極めて歪で、女性性のエリアが空疎な私には、母親の愛情や育成に関わる他者関与を肯定的に受け止める感情が定着していない。むしろ否定してしかるべき対象と看做していたため、自他の母親も母親信仰も母性を司るあらゆるエネルギーも、「気持ち悪いもの」として毛嫌いして来た。

人様の世話を焼く母性嫌悪

 私が嫌いな母性の原型は、実母に由来する。家族の世話を焼き、子を育て、家の行事を取り仕切る等、与えられた役割を全うするうちに、彼女は役割執行者である自分を内面化した。家族と家のすべてを把握しなければ気が済まない。誰彼の世話を焼き、他者に依存的に干渉しなければ、彼女の自己は満たされない。子供たちのプライバシーを侵害することを「母親(管理者)としての当然の権利」と主張し、拒絶されようものならヒステリーを起こす。

 上記は、子供である私から見た彼女の印象であり、本人の実態とは異なる。要するに、幼い私こそが彼女の印象を、敵対すべき母性悪として内面化したに過ぎない。しかし、そのことにまだ気付かない私は、母性を支配欲と捉え、人様の「お母さん的な態度」にも恐れを成すようになる。

 例えば、信じられないくらい大量のご飯を手作りし、「食べろ、全部平らげろ、おかわりもあるよ」と、善意で薦めてくる女が、私は怖い。食べる者の味の好みも胃の大きさも度外視したうえで、己の「お腹いっぱい食わせたい」欲望を他者に押し付けているようなら、立派な強要罪である。「あんたがやっていることは、良かれと思っているところも含めて、暴力だよ」とお伝え申し上げたい。

 また、恋人の部屋を無断で掃除する女には、「プライバシー侵害の罪で恋人に告訴されるがいい」との感想を抱く。家庭的な側面を好きな男性に見せ、疑似お母さんとしての株をあげようとする作為がある場合、それを恋人が有り難がるようなら他人がとやかく言う義理はない。嫌がるようなら罪深い。

 私が恋人の立場であれば、激怒して生涯出入り禁止の刑に処する。そうすると浮気を疑われたりするわけだが、浮気しているか否かと無断侵入の罪は別のレイヤーの話である。両者を故意に同梱させて、無断侵入の加害を有耶無耶にしようと画策したところで、他者に「勝手に掃除される」「私物を触られる」状況が嫌いな人間の不快な思いは消えない。かえってそれが浮気の原因になったりするわけだから、要注意だ。

 自分のエリアに土足で侵入したがる他者と遭遇した途端、全力で逃げる癖のある私にとって、己の生活への無遠慮な他者干渉はとてもおぞましいものだ。他者の飯や生活に関与することで自己を満たす女性の心理の裏に、もしも「自分の手にかかったものを、他者の体内や生息環境に残したい」とする、ある種マーキングのような支配欲求が介在するならば、「気持ちが悪い」ことこのうえない。

 そのマスターベーションのために他者を求め、関与したいやり方で干渉する一方、他者の求めるものには耳を貸さない。以上の暴行を善意と呼ぶのが、私が嫌悪する母性のイメージだ。無論、これは私の偏見でしかないのだが、相手の望みを尊重せずに自分の欲望を押し付ける活動を暴行と捉える観点は、一般論としても通用し得ると自分では考えている。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。

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