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年齢を重ねるほど、セックスは「それまで生きてきた人生」の総当り戦になる

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 私、いつまでセックスをするんだろうーー初めてそう考えたのは、高校生のときでした。母が購読していた「婦人公論」を盗み読むと、性愛にまつわる特集が組まれており、そこではかなり年配の方々が……記憶が定かではないのですが、おそらく40オーバーのご婦人方です。JKだった私には想像も及ばない年代。そんな人たちが濃厚なセックスライフを赤裸々に語り、または心と身体の満たされなさを吐露していました。

 それを読んだ私は、「性というのはよくも悪くも、この先、何十年も逃れられないものなのか」「いまでもセックスのことを考えるのがしんどいのに、こんな大人になってもしんどいのか……」と、おののきました。ロストバージンしてまだ月日が経っておらず、性の悩みこそ多いけど、歓びはまだそれほど知らなかったため、この先ポジティブな性が自分を待っているとは思えなかったのです。

 そんな自意識がんじがらめ状態だった月日も遠くなり、いまは毎日セックスだのオナニーだのについて考え、それをひとりで愉しむこともパートナーと愉しむことも知った私は、当時とは別の意味で「いつまでセックスをするんだろう」としばしば思うようになりました。「いつまでセックスできるんだろう」といったほうが正しいかもしれません。パートナーがいない、または加齢によって体質が変わり身体が受け入れ体制にならない……。どちらにしろ、自分に欲求があるのにそれが満たされない状態はツライし、欲求そのものがなくなってしまうかもしれないと考えると、それもさみしい気がします。

将来、自分はどんなセックスをするのか

 官能作家の加藤文果さんの新刊「熟年セックスのリアル」には、私がかつて婦人公論で読んだ“性を語る人たち”と同じく、下は40代から上は70代までのセックスライフが収められています。男性の例が中心ですが、旺盛な欲求のおもむくままに性生活を謳歌する女性や、満たされなさを解消するため雑誌で見た“性の達人”に身を任せる女性も紹介されています。彼/彼女らのセックス・ヒストリーやセックス観だけでなく、濡れ場をが濃厚に再現されているため官能要素も十分!

 本書を読んで私がまず感じたのは、年を重ねるほど「なんとなく」ではセックスできなくなるのだ、ということです。自分の身体、パートナーの有無などクリアしなければいけないことが、若いころの比ではなく多いからです。いうまでもなく個人差はありますが、それでも年齢を重ねたらそのぶん大きなエネルギーを注ぎ込まなければ、希望するセックスライフは実現しにくいのだなぁ、と。

 そして、熟年になってのセックスは、これまでのセックス観、セックスライフだけでなく、人生観までもが反映される、いってみれば「人生総当り戦」になるとも感じました。

 といっても、若いころからチャンスにあふれまくりで数をこなした人ほど熟年以降もいいセックスライフが送れる、という単純な話ではありません。たとえば、冒頭の章では、妻に皮膚炎の持病があり愛撫をすると痛がるのでセックスどころではなく、長いあいだ欲求をくすぶらせてきた男性が登場します。それまでの半生におけるセックスのトータル回数は少ないものの、彼は自身が性に何を求めるかを常に考えつづけていました。そして、「彼女だ!」と思う女性と出会ったとき、自身でも驚くほどの行動力を発揮します。セックスができないからといって、その気持ちにフタをして「ないこと」にしていたなら、千載一遇の好機が訪れても気づかない、または腰が引けて見送ってしまうだけだったでしょう。

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桃子

オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

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