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勝手に輝こう!「女性が輝く」ための社会制度の変革とは異なる「気持ちの問題」

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ナガコ再始動

ナガコ再始動

 前回のコラムでは、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」の一般的な解釈よりも、人間の多様な【個】を尊重するべきだと述べた。それは、ヘテロセクシャルの女性である私が、肉体と対になる精神性(心、意識、気力、知的な働き)において男性性の成分を多く所持し、社会に求められる「女らしさ」「女の役割」をすんなりとは許容できなかった個人経験に基づく持論である。

 同年代の女児が、疑似家族ごっこのおままごとにて「お母さん」役を熱演する最中、私はといえば、軍隊が大好きな父のスパルタ教育の下、黙々と匍匐前進の練習を行っていた。「女だから」という理由で免責されること(たとえば、重たいものを持たなくて良い、大人や男に頼って良い、人前で泣いても仕方がない)についても、父は「甘えるな」と一刀両断。おかげ様で自立心旺盛な人間として、また、世に蔓延る「女らしさ」と大喧嘩する女性として仕上がったわけだから、父に対する思いは感謝と迷惑、五分五分といったところだろうか。

 父の「娘の育て方」の良し悪しについては、当の娘である私が良い影響のみを栄養とし、悪い影響を捨ててしまえばいいだけの話なので、この際、棚上げする。が、父が「社会に反映された女らしさ(ジェンダー)」をぶっちぎって尚、「俺の思うところの男らしさの継承」を、女児である私に押し付けたことは事実である。

 この個人的な経験が私の人格形成(精神)に与えた影響は大きい。よって、人間の男女性を育む要因として、肉体の性別、性趣向、社会的ジェンダー観に加え、「個々におかれた家族や集合体の影響」ひいては「父母や他者である男女との接触の仕方による個人的な解釈」も投影されて然るべきであると、私は捉える。

「女性が輝く社会」

 結果的に、私は「自分は肉体・精神の両面において、男女性の両者を持つ者」と自負するに至る。この「男女性の両者を持つ感覚」は、現代社会において人間を肯定的に理解するためにも必要な観点であると、手前勝手ながら考える。

 かつては男物と女物の衣服に、形式や色彩感覚の明らかな識別が存在したものだが、そのような線引きによる分断が解消された現在、性差にこだわらないファッションの楽しみ方を【個】として追求する若い男女はとても多い。女性の労働環境改善、男性による育児参加を奨励する政策傾向を鑑みても、かつての男女の役割分担やジェンダー・ギャップを国政レベルで解消しようとする向きがある。

 内閣府男女共同参画局による『男女共同参画白書』(2016年5月刊行)に目を通してみると、安倍内閣が課題として掲げる「一億総活躍社会」、「すべての女性が輝く社会」の実現意欲が伺える。下記、『男女共同参画白書の刊行に当たって』の冒頭文章を抜粋してご紹介したい。

『「すべての女性が輝く社会」の実現は,安倍内閣の最重要課題の一つです。
少子高齢化という日本の構造的課題に真正面から挑み,女性も男性も,お年寄りも若者も,一度失敗を経験した人も,難病や障害のある人も,誰もが個性を尊重され,将来の夢や希望に向けて取り組める,多様性が認められる「一億総活躍社会」を実現していく上で,女性の活躍は,最も重要な鍵となるものです』

 人間の【個】を尊重し、多様性を認めると、政府は明言している。その目的を遂げるための制度の実態はといえば、女性の雇用機会均等化や管理職登用、育児休暇、保育園の待機児童等についての問題が現場レベルで山積しているわけだが、いずれもトライしているからこそ明るみに出た改善タスクである。よって、まずは変革意識を明示した政府に、素直に敬意を表する。次いで、御託を抜かしている暇があるなら早急に改善しろと言いたい。

出産と精神

 また、個人的に気に入らない点を述べてみたい。「すべての女性が輝く社会」の実現を最重要課題の一つと明示する文章の冒頭にて、開口一番「少子高齢化」を持って来るあたり、女を「子を産む道具」と看做す種の不快感を覚える。国にとって「少子高齢化」が大問題であることは理解しているが、出産を望まない私の「産まない」選択もまた、女性の個性の1つとして尊重していただきたいところだ。

 肉体の性差において、子供を産む生理機能を持つ者は女性のみだが、出産後、責任をもって子供を育てるためには、経済力および育児に携わる時間が必要だ。よって、女性が安心して出産、育児を行うための制度を整えることは確かに重要だ。しかし、すべての女性が出産を望むとは限らない。

 自分の有限の人生を前に、全力で仕事に打ち込みたいと考える女性の中には、出産、育児に関わる時間と労力を惜しみ、その選択を能動的に却下する人もいるだろう。また、個々が育った環境や経験によって培った精神性や感情が「子供を産みたくない」「母親になりたくない」「出産の機能を搭載している自分を嫌悪する」等の反応を引き起こし、拒絶するケースも考えられる。そもそも出産や育児や子孫繁栄に興味がないとしても、それを責められるいわれはない。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。

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