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「女だってその気はある」と、性暴力の正当化に腐心する人たち

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武田砂鉄

武田砂鉄/論男時評(月刊更新)

 本サイトを読まれる方が日頃手にすることがないであろうオヤジ雑誌群が、いかに「男のプライド」を増長し続けているかを、その時々の記事から引っ張り出して定点観測していく本連載。

 俳優の高畑裕太が宿泊先のホテルで女性従業員を乱暴したとして、強姦致傷容疑で逮捕された一件は、メディアのだらしなさが抽出された案件となったし、それに加えて、その抽出されただらしなさをそのまま放置し続ける体たらくをも明らかにした。母親の淳子に対して「息子の性癖や性欲の強さを把握していたか?」などと尋ねるレポーターが会見場に現れる始末。その手の質問への返答を欲する番組は、一連の報道が、声をあげられない被害者に対する暴力となってはいないかという着眼をいつまでも持とうとしなかった。

 俳優の梅沢富美男が、高畑に言い寄られていたという橋本マナミに対し、「高畑にもヤラせておけば(こんなことにならなかったのに)」と発言したのには呆れた。それを番組が「ウケるネタ」として放置したことにも呆れた。限られた業界特有の「ぶっちゃけ」の力学が、明らかなる暴力よりも優先されてしまう。ハラスメントで笑いをとろうとする卑劣を、なぜそのままにできるのか。徒労とは思いつつも、「こういうことをズバリ言っちゃうオレ」に対していくらでも指を差し、批判すべきだ。

 高畑が逮捕されると、あちこちのワイドショーが、彼はこれまでも共演した女性タレントや女優に対して積極的に言い寄っていた、こんなツイートをつぶやいて強い性欲をほのめかしていたと、兆候探しの結果を報告する。こういう詮索は押し並べて間違っていると思う。これまでの言動を辿って兆候をあぶり出したところで、一体なにがどうなるのか。彼を取り調べる側がその兆候を嗅ぎ取る必要性はあっただろうが、メディアが、そういえばこんなことも言ってましたね、誰それもそんなこと言ってましたね、と、犯罪へと至った経緯を手早く組み上げる行為が危うい。次々と女性に言い寄ることと女性に襲いかかることは、一本の線で繋がってはいない。

 梅沢が上記のように発言した番組(TOKYO MX『バラいろダンディ』8月25日)では、被害にあった女性が「橋本マナミ似だったと一部で報じられていることから」(スポーツ報知)、レギュラー出演者の彼女に対して見解を求めている。梅沢はもとより、こういう問いかけを投げる番組が、「あれって、色仕掛けだったんじゃないの?」といった反応をじわじわ増長させていく。芸能界の中で慣例化しているハラスメントに、視聴者は慣れるべきではない。いちいち怒るべきだ。

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武田砂鉄

ライター。1982年生まれ。東京都出身。大学卒業後、出版社勤務を経て、2014年秋よりフリー。著書に『紋切型社会──言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社、2015年、第25回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論──テレビの中のわだかまり』がある。2016年、第9回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞を受賞。「文學界」「Quick Japan」「SPA!」「VERY」「SPUR」「暮しの手帖」などで連載を持ち、インタヴュー・書籍構成なども手がける。

@takedasatetsu

http://www.t-satetsu.com/

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