インタビュー

自分の弱さに気が付かない男たちは、弱音を吐く言葉を持っていない。/杉田俊介×荒井裕樹

【この記事のキーワード】
『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)

『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)

男の弱さに向き合いながら、「マッチョな男らしさ」ではない「新しい男らしさ」を模索している杉田俊介さんの『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)刊行を記念して行っている文学研究者の荒井裕樹さんとの対談。「障害者解放思想」というバックボーンを同じくする二人がもうひとつ共通するのが育児の経験だ。育児をする中で女性たちの苦労を痛感すると同時に、自分の弱さにも気が付いた杉田さん。育児には「イクメン」というスマートな言葉では片付けられない過酷な現実があると語る荒井さん。育児を通して浮かび上がる「男の弱さ」とは何か。2人の男親によるボーイズトークをお送りする。【全三回】

永遠に付きまとう「非モテ」感に、男たちはどう向き合えばいいのか。/杉田俊介×荒井裕樹【第一回】

男たちには言葉が足りていない

荒井 杉田さんも本の中で書かれていますが、男性たちにはいま手持ちの言葉が圧倒的に足りていないのだと思います。「非正規」や「派遣」の問題が深刻になったとき、とある非正規の青年の話を聞いていたら、雄弁に経済状況や経済政策を論じ始めたんですね。「経済のパイが大きくなって~」とか「企業の論理からすれば人件費を抑えるのがセオリーで~」とか。それが完全に経営者・経済学者目線なんです。「なんで自分の大変さより先に、国家の経済政策を心配しているんだろう」と思いました。これは「非正規は経済政策・経済理論を語るな」ってことじゃないです。どうして自分の痛みや辛さを語る前に、自分を不安定な立場に押し込めている側の論理を正当化するような語り口をしてしまうんだろうって、すごくモヤモヤしたんです。いまから思えば、たぶん、自分の辛さを語る言葉がなかったんでしょうね。

杉田 わかります。

荒井 「社会・文化の中に存在しない言葉」ってありますよね。たとえば、日本語の中には純粋に相手を励ます言葉がないんですよね。よく授業でやるんですけど、いじめをテーマにした小説を取り上げて、「いじめられている男の子を励ましてください」って言うと、みんな叱っちゃうんです。「頑張れ」「負けるな」それから「大丈夫」って。「頑張れ」「負けるな」って叱るときにも使う言葉ですよね。「大丈夫」はNo Thank Youの意味もあります。「コーヒー、もう一杯飲みますか?」「大丈夫です」って使うじゃないですか。東日本大震災のとき「一人じゃない」って励まし表現が出てきました。でも、「一人じゃない」はニュアンスを変えたら「苦しいのはお前一人じゃない」です。

杉田 なるほど。

荒井 日本語の中には叱咤激励って言葉がありますよね。「叱る」ことと「励ます」ことがコインの裏表。「叱る」のニュアンスを入れずに、相手の存在そのものを励ますような言葉がないんです。それと同じで、男の人の中には弱さを語る言葉がないんだと思います。バックラッシュでもなく、重さ比べでもなく、「弱い男」が「強い男」を妬むのでもなく、いま感じている痛みを、ただ単に「痛い」という言葉が圧倒的に足りていない。

この社会にはどんな言葉が足りないのかを考えたとき、杉田さんが書かれたこの『非モテの品格』という本は、男が自分の弱さを語るための言葉を探る試行錯誤なんだと思いました。

杉田 内なる経営者目線というか、内なる官僚目線みたいなところから、自分を否定してしまうことが男性にはあるのかな。「でも君、経営者じゃないよね?」という。それはもしかしたら内なる優生思想に近いのかも。つまり障害当事者が自分の肉体を語るとき、健全者の視線から自分をイメージしたり、健全者の肉体こそが正常であると考えて、自分の身体をゆがんだものとして位置づけてしまう。それに近い感じがマジョリティの男性の中にも男性にも刷り込まれているのかもしれない

1 2 3

杉田俊介

1975年生まれ。異性愛者の男性(暫定)。人の親。批評家。20代半ばから障害者介助をしてきたが、現在はお休み中。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』『長渕剛論』『宮崎駿論』など。

[PR]
[PR]

messy新着記事一覧へ

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か (集英社新書)