インタビュー

男たちは死んでまで「男であること」を責められなければならないのか。「男性問題」の語りにくさと、模索される「新しい男らしさ」/杉田俊介×荒井裕樹

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『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)

『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)

「それにしても、自分の弱さを真っ直ぐに見つめること、そんなとても単純で素朴なことが、どうして、僕らにはできないのだろうか。この地球上の男たちには不可能だと思えるほど、至難なことに感じられるのか」

「マッチョな男らしさ」ではなく「新しい男らしさ」を模索し続けている杉田俊介さん。冒頭の記述は10月14日に刊行された『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)からの引用だ。障害や生きづらさを抱える人びとの表現活動を追い続けてきた文学研究者の荒井裕樹さんによる「男の弱さ」対談。前回に引き続き、育児を通して知った「男の弱さ」について語りあっていただいた。男はなぜ「弱音」を吐けないのだろうか。その「弱さ」の正体とは一体何であるのか。いま必要とされている「新しい男らしさ」のモデルとは?【全三回】

永遠に付きまとう「非モテ」感に、男たちはどう向き合えばいいのか。/杉田俊介×荒井裕樹【第一回】
自分の弱さに気が付かない男たちは、弱音を吐く言葉を持っていない。/杉田俊介×荒井裕樹【第二回】

常に理性的でいないといけないプレッシャー

荒井 前回に引き続き育児の話になりますが、子どもってけっこうグロテスクなところがあると思いませんか?

杉田 それはありますよね。

荒井 でも、子どもに対するイラつきも含んだ「愛情」って、なかなか認められないですよね。「子どもにイライラしてしまうんです」と下手に相談したら、虐待予備みたいに過度に心配されてしまう。

杉田 四六時中「子供がかわいい」って思えないと、駄目な親なんじゃないか、って不安はありますね。

荒井 杉田さんの本の中でも「この子さえいなければ」っていう記述がありましたね。

杉田 小学生にもなるとすでに一人前のエゴがすごい出てくるから……「可愛い!」とは違いますよね「このやろう!」みたいな(笑)。

荒井 知り合いの「父親編集者」が言っていましたけど、家の中にも「絶対に負けられない戦い」がありますよね(笑)。

杉田 感情に負けて怒ってしまった自分を反省するモードも定期的に来るんですよね。理性的に叱るのはいいけど、感情をぶつけるだけで怒るのは駄目、という使い分けをしようとしたりね。でも、それを日常生活の中で毎回うまく切り替えるのって無理だと思います。

荒井 むかつくときはむかつきますからねえ。

杉田 本当はもっと単純にむかついてもいいというか。親も子も同じレベルにお互い引きずり落ちて、たんに駄目な人間として向き合ってもいいはずなのに、常に理性的にコントロールすることを望もうとする。ただ、やっぱり難しいですね。一歩間違えるとしつけという名の虐待の肯定にもなりかねないのかな。ただ、虐待と理性の中間項を置いて欲しいというか……。育児をポジティブに捉えるだけのイクメンモードと虐待に対する警戒モードが悪循環を起こしてしまうんですよね。「育児の中で失敗した経験があるからこそ、いまの子育てがあるんだ、大成功ではなかったけど、まあそこそこよかったんじゃない?」って思えないと身が持たないんじゃないかなあ。

荒井 育児の大変さの話をすると、「そんなに大変なら子供なんか作らなきゃよかったじゃん」みたいなことを言う人がいるんですけど、それには全面的に反対です。だからといって、「なんだかんだあるけれど、やっぱり子供がいて幸せ!」っていうと、なんだか勝ち誇ったような平板な言葉になってしまうので、それはそれで違和感があります。「むちゃくちゃ大変だけれど、子供がいてくれることで自分の中に芽生えた肯定感」というのが、うまく言葉に出来ません。育児のポジティブな面をきちんと語る言葉も、作っていかなければならないですね。

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杉田俊介

1975年生まれ。異性愛者の男性(暫定)。人の親。批評家。20代半ばから障害者介助をしてきたが、現在はお休み中。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』『長渕剛論』『宮崎駿論』など。

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