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生まれついての女(じゃない!):C.L. ムーア「ノー・ウーマン・ボーン」と(未来の)フェミニズム理論【女とSF】

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Photo by Raíssa Ruschel from Flickr

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 「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」、っていう、フェミニズムで一番よく知られたモットーを書いたのは誰だったっけ? 「ジェンダーは日常的な慣習や振る舞いといったパフォーマンスを通じて作られるんだ」と主張したのは? 「二人の男が一人の女を巡って争っているとき、彼らは実はその女を口実に、ロッカールーム的な男同士の絆を確かめているんだ」と解き明かしたのは?(そう言えばどこかの国の大統領候補が、自分の性的暴行についてのミソジニー丸出しの発言を「あれはロッカールーム的なボーイズ・トークなんだ」なんて言い訳をしていましたね)「現代に生きる私たち、とりわけ現代の女は、ある意味でみんなサイボーグなんだ」と説いたのは?

 もしあなたがフェミニズムの理論に興味を持っているなら、このクイズに答えるのはそう難しくないかもしれない。上に挙げたのはどれも20世紀後半のフェミニズムで一番重要な理論のエッセンスをすごく乱暴に要約したものだから(一応この記事の最後に答えを書いておきました)。

 でも実は、今あげたことの全部を、彼女らよりずっと前に書いた鮮やかな短編小説があることは、SF好きの人以外にはそれほど知られていない。それは1944年にアメリカのパルプSF作家C.L. ムーアが書いた「ノー・ウーマン・ボーン(No Woman Born)」(邦訳は『ロボット・オペラ』(光文社)などに収録)という作品だ。

 といっても、この小説は小難しい「理論」によく一致しているから偉い、なんて言ってるわけじゃない。この小説が凄いのは、一人のSF作家が女としての経験や当時の社会での生活から抱いた問題意識から生まれた物語が、当時の政治理論や社会理論ではまだ語る言葉を持たなかった、ジェンダーやセクシュアリティに関する重要な問いを、鋭く照らし出していることだ。まるで作者自身がタイムスリップしてきたみたいに!

 そしてこれこそが、前回記事の最後に投げかけた問いの答え、つまりSFという言葉がフェミニズムにとって重要なポテンシャルを持つと私が考える理由なんだ。SFには、今はまだちゃんと語る言葉をもたない、けれど女やジェンダーやセクシュアリティにとって重要な問いを、私たちを楽しませ、驚かせ、目を啓かせる物語の形で語る力がある。ムーアの小説を読むことは、そんなSFの力を感じることだ――そしてひょっとしたら、今の私たちですらまだ語りえる言葉を持っていない、未来のフェミニストたちが闘う問題に気付き始めることなのかもしれない。

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