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K-POP歌手の母親がモンスター・ステージママと化し、日本で荒稼ぎを目論む

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ノ・ミヌInstagram

 韓国のアイドルは、ファンを妙な名前で呼びたがります。有名なところではチャン・グンソク。彼にとってファンはエネルギーを与えてくれる鰻みたいな存在ってことで、と呼んでるのはギャグなんだかマジなんだか。

 ノ・ミヌという俳優兼歌手がファンを患者と呼ぶのも有名で、医者を自称するミヌがファンをビョーキ扱いしてるんですから、これほど人をバカにした話はありません。

「私の残念な彼氏」というドラマにも出演し、ファンを病人扱いするほどリアルに残念なノ・ミヌ。彼は最大手事務所SMエンターテインメント(SM)初のビジュアル系ロックバンドのドラマーとして出発し、当時はYOSHIKIX-JAPAN)の愛弟子的な売り出しが図られました。その後、SMを辞めて俳優業にも手を広げ、今年1116日、やっとのことで日本メジャーデビューを果たすのですが、入隊間近との噂もあり、余りに遅すぎ。まともな活動はできず、駆け込み的な荒稼ぎデビューにも映りますが、それにもやっぱり理由があるようで……

日本で演歌歌手としてデビュー

「理由はステージ・ママのオ・ミンジョン氏にあるといっていいでしょう。実の母親の彼女は息子のために事務所を立ち上げ、ムダに口を出したがります。口出しする以上、ディレクション能力があればいいのですが、んなわけはないので、現場は混乱するだけ。それが遠因となって、息子の日本デビューも手こずったのです」(韓流雑誌編集者)

 オ・ミンジョンは息子のコンサートでその歌声を披露したこともあるほどの歌上手。199111月には呉敏延(読みは「オー・ミンジョン」)名義で「私はいい女」という曲で日本デビューを果たしました。所属事務所は八代亜紀の作品もリリースしているので、演歌界では大手の類。そのデビュー曲も「長崎は今日も雨だった」でお馴染みの内山田洋が全面バックアップしましたが、よっぽどの演歌通でもないかぎり、その名は知られていません。

 当時、彼女は息子のミヌを韓国に置いたまま日本に出稼ぎに来ていましたが、十分な成果を残せず、シングルを1枚発表しただけで、帰国することになりました。

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