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女性地位向上へのネガティブ・キャンペーンは、「女性優遇」が必要な理由を見落としている

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Photo by Vladimir Pustovit from Flickr

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先日、かなり著名な経済誌上で、ある男性経済評論家が女性地位向上に対する「ネガティブ・キャンペーン」記事を書いていたので、それに対する違和感を書いてみたいと思います。

この記事は、「日本の『男子』は、生きにくいのではないか」という一文から始まり、電車の女性専用車両などは「女性優遇」ではないのか、男にだって生きづらさがある、男女平等の実現のために女性優遇を使うべきではない、と主張しています。この記事のような論調の記事や著書というのは決して少なくありません。

彼らの言う「女性優遇」とは、電車の女性車両や国立の女子大学、映画館のレディースデイなど「女性」に対するサービス全般を指しています。最近では、東京大学が遠隔地出身の女子学生に月3万円の家賃補助を行うことを決めたという報道がありましたが、こうした措置も彼らに言わせれば「女性優遇」でしょう。

「女性活躍」の議論とともに増えているように思われるこうした記事には、いくつかの共通する特徴があります。

一つが、直接的に女性を非難するわけでもなく、あくまでも「男性の生きづらさ」を強調するような内容という点。「弱者男性だっているのだから女性ばかり優遇するのはおかしい」という主張をしているわけです。そして、「男女平等を達成することと女性優遇は違う」ことを強調する点です。「男性には大黒柱としてのプレッシャーがかかっているし、男性が育休を取得しようとすれば社内で差別される。男性の非正規雇用労働者だっているのに、弱者男性は守らないのに女性だけ優遇するのか」という不満は、確かにわからなくもありません。

私は、こうした問題提起のすべてに反対するわけではありません。「女性優遇」措置を横目で見ている男性にとってみれば「自分たちのことは守ってくれないのに」と恨みつらみを言いたくなるものでしょう。

しかし「女性を守る」「女性を応援する」施策を「女性優遇」と批判することは、近代以降現代まで続く、男性が優遇され続けてきた社会の在り方を擁護するのと同じことです。

以前お話しした、ジェンダーギャップ指数にもみられるように、日本はいまだ男女で社会的、政治的、経済的地位に大きな開きがあります。こうした男女のギャップは社会全体によって複合的に生み出され続けているものですが、教育は男女ギャップを縮小することにも拡大することにもつながる、特に非常に重要な要素です。

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古谷有希子

ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。

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