連載

名作ロマンポルノを観てセックスに愛もムードも絶頂も不要だった時代を想う

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 セックスのことを「性愛」といい表すことがあります。オヤジ系週刊誌あたりで頻出する、昭和の香りがする言葉ですが、実際にはとても現代的な響きを私は感じています。「性=セックス」と「男女の愛情」がセットになったのは、人類の長い歴史でもほんの最近のこと、とはよくいわれることです。結婚と男女の愛情がセットになったのも、ここ数十年の話です。

 セックスと愛情を強く結びつけるのは危うい、というのは当コラムでもたびたびお話してきました。愛情がベースにあり、お互いの心身を尊重しあえるセックスはとてもすてきですが、愛情がなければセックスは成立しないという考えは、ただの幻想ですし、愛情を盾に自分の要求を押し通そうとする輩も多くいます。毎度の例になってしまいますが、「愛しているなら、セックスして当然」「愛しているなら、ナマでやらせてくれるよね?」といった強要に悩んでいる女性は少なくないでしょうし、女性の側でもセックスをしている=彼は私を愛してくれている、という思い込みで、みずからの首を締めている人は少なくないように見えます。

 先月末『iroha女学院vol.3』なるイベントが開催されました。著述家・ディレクターなどマルチに活躍されている湯山玲子さんをゲストに迎え、女性だけで日活ロマンポルノを鑑賞する集い、vol.2の様子は「SM映画の傑作は、まるでスポ根ムービーだった! 女性がポルノを観る意義」としてお届けしました。

 今回チョイスされたのは神代辰巳監督作品『四畳半襖の裏張り しのび肌』。う~ん、いかにもロマンポルノといった、湿度100%のタイトル!

 今冬、日活ロマンポルノがアツいというのは、エロカルチャーに多少なりとも関心を寄せている方ならご存知でしょう。1971年の製作開始から45年が経ったのを記念して「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」が始動。園子温氏、白石和彌氏など5人の映画監督が新作ロマンポルノを撮りおろし、11月26日から順次公開されます。

男と女にはユルいセックスしかない

 打って変わって、『四畳半襖の裏張り しのび肌』が公開されたのは1974年、おそらく女性にとってエロカルチャーはとても縁遠いものだったと思います。しかも物語のはじまりは1923年、関東大震災の前夜なので当時においても時代劇。そこから昭和初期の、東京郊外の花街を舞台に、芸者とその旦那、置屋で育った少年らを中心に濡れ場たっぷりで物語が進みます。

 劇中、出征する男性を見送るために集まった人らが万歳三唱を送るなかで、芸者のひとりが声には出さず「男と女はアレしかないよ、ばんざい!」と叫びます。実際、彼女らは男性とアレばっかりしています。しかし、惚れた腫れたでセックスしているわけではなく、抱き合う理由やきっかけがとてもユル~いんです。

 芸者と旦那がひさしぶりの逢瀬を愉しんでいる階下では、置屋育ちの少年=正太郎が襖1枚隔てた部屋に寝ている若い芸者ふたりの布団に潜り込み、いつのまにか3Pを始めています。襖という境界はとてもユルく、若い男女の欲望をせき止めることはできません。

 映写技師の家に預けられた夜は、正太郎、技師、その妻で雑魚寝です。正太郎がいるにもかかわらず、技師は妻の身体に手を伸ばし、しかし拒否されて悶々として寝るに寝られず……というところに、正太郎が「按摩してあげる」といい、男から男への性感マッサージがはじまります。妻は気づいていながら眠ったふり。しかし別の夜、正太郎がのしかかっているのは妻の身体でした。気づけばそこに夫が加わり、またも3P。

 ほかにも旦那と芸者がセックスし、その芸者が面倒を見ていた若い芸者と旦那もセックスし、正太郎は育ての母親とセックスし(!)……、相関図を作ったなら性的関係を示す線が入り乱れてこんがらがること必至です。でも、そこにはっきりとした男女間の愛情はなく、ユルい親愛の情やユルい欲情があるだけです。今後面倒を見てもらうために旦那と寝る、という“生きるためのセックス”も描かれます。

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桃子

オトナのオモチャ約200種を所有し、それらを試しては、使用感をブログにつづるとともに、グッズを使ったラブコミュニケーションの楽しさを発信中。著書『今夜、コレを試します(OL桃子のオモチャ日記)』ブックマン社。

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