幹生は、真紀は義父が加害者遺族に賠償金を請求するのをやめさせたくて、戸籍を買って失踪したのではないかと推測、「俺の知ってる真紀ちゃんはそういう人ですよ」と刑事に食ってかかります。話しながら結婚生活での真紀の様子を思い出し、幹生はハッと気が付くのでした。自分は彼女に特別さを求めていたけれど、真紀は普通の人になって生きたかったのだということに。真紀は幹生と結婚して名前が<巻真紀>になることを望み、ときめきよりも安らぎある「家族」を求め、ヴァイオリンを続けることよりも専業主婦になって「家庭」を守ることに固執していましたが、その理由が今になって腑に落ちたのでしょう。他人の名を騙ることで生き延びた真紀は、早く普通の人になりたかった、表に出るより家庭という裏方に回って安心したかったのだ、と。
確かに真紀の過去、つまり結婚以前の生活についてはずっと明かされなかったし、上品で育ちのよさそうな女性として描かれていることから、てっきり東京か、あるいは神奈川、埼玉あたりのそれなりに裕福な家庭に育って、ヴァイオリンを習い、音大に進み、プロになったんだとばかり(賠償金で真紀が進んだ大学は音大なんでしょうか)。偽名で生きている人って、世間をはばかりながらひっそり暮らすイメージがありますが、真紀は失踪後もヴァイオリンを続け、楽譜の出版社でバイトするなど比較的大胆に行動しています。ネットやSNSが普及した現在、いつ自分の正体が発覚してもおかしくありません。だからカルテットを組んで表舞台に立つことを拒まなかったことも、視聴者としては不思議なのですが……真紀は内心びくびくしながらも、心のどこかで覚悟を決めていたのでしょうか。
女同士の嘘なき信頼関係
何も知らないカルテットの4人は、いつものように食卓を囲み和やかに過ごしています。前回の全員片想い問題は、おそらくそのまま放置された感じなのでしょうね。目下の悩みは、現在暮らしている別荘(司の祖父所有)の売却問題。司から打ち明けられて他3人は、それぞれ自活しながらカルテットを続けるとの考えを示しますが、司は「そっち(バイトなど)が本業になっちゃう」と断固反対。「飢え死上等、孤独死上等じゃないですか。僕たちの名前は、カルテットドーナツホールですよ。穴がなかったらドーナツじゃありません。僕はみなさんのちゃんとしていないところが好きなんです。たとえ世界中から責められたとしても、僕は全力でみんなを甘やかしますから」「少し時間ください。この別荘は僕が守りますから」と力説、説得。司は幼少時から「きちんとしようよ」と周囲を諭し続けてきた自分が音楽家として大成せず、「きちんとして」いなかった周囲の子どもたちが世界に羽ばたいていきました。カルテットのメンバーと出会ってその「ちゃんとしていないところ」に魅力を感じるにつれ、自分自身も杓子定規な生き方を変えようと決意したのですね。
あるとき、すずめは真紀に「ずっと東京でしょ?」と問いかけ、真紀は「うん」と答えたものの目を逸らしました。それに気付かず、真紀のことが大好きなすずめは、もしかしたら昔、たとえば真紀が中学生で自分が小学生の頃地下鉄ですれ違っていたのかもしれない、もっと早く出会っていればと残念がります。
すずめ「周りは嘘ばっかりだったから。自分も。どっか遠くに行きたいなあっていっつも思ってて、真紀さんみたいに嘘がない人と出会ってたら、子どもの頃も楽しかったかな」
そんなすずめに、真紀は子ども時代の思い出として、家から少し離れた場所にある廃船で一晩中星を見ていたことを話します。
真紀「そこにいるとね、そのままわぁって浮き上がって星を渡る船になって、どっか遠くに行けそうな気がしてた」
「(軽井沢にたどり着いた現在は)あ~ここに来たかったんだなぁって、今はね思う。もう十分」
しかし、ようやくたどり着いた安住の地に真紀は長くはいられません。土砂降り雨の夜、大菅刑事らが来訪。真紀に任意同行を求めます。「何かの間違いじゃないですか」と事態を呑み込めないすずめとは対照的に、真紀は冷静に応対、任意同行は明日のノクターンでの演奏後になりました。もちろん、そんなのは外面で実際は、突如訪れた幸せの終わりに、真紀は激しく動揺。部屋にこもって、爪を噛んだり、服を投げつけたり……その取り乱しぶりに、二話で自分に告白してきた司に「捨てられた女舐めんなよ!」と怒りを露わにしていた姿を思い出しました。手に入れたと思っていた幸せが自分の手からするりと落ちていく瞬間や、それを思い出した時の真紀はとても激しいのです。
真紀は観念し、メンバーに懺悔します。「私昔、悪いことをしたから、それが今日返ってきたんです」と。
真紀「ごめんなさい。私、早乙女真紀じゃないです。嘘ついてたんです。私嘘だったんです。本名は別です。別にあります。14年前、戸籍を買いました。戸籍買って逃げて東京へ来ました。それからずっと早乙女です。偽、早乙女真紀です。成りすましてました。幸い、幸いずっとバレなくて、調子乗って結婚しました。名前貰ってしれーっとしてずーっと騙してました。みなさんのことも騙しました。カルテットなんかはじめちゃって、仲よくしたふりして……、私嘘だったんですよぉ。見つかったので、明日の演奏終わったら警察行ってきます。もうお終いです。お世話になりましたね。本当の私は……、私は……、私は……」
声を絞り出すように過去を打ち明けようとする真紀を、すずめは「真紀さん、もういい」「いい、いい、いい、いい」と必死にかばいます。真紀が昔誰だったかなんてすっごくどうでもいいのだと訴え、さらに「人を好きになることって絶対裏切らないから。知ってるよ真紀さんがみんなのこと好きなことくらい。絶対それは、嘘なはずないよ。だってこぼれてたもん」と、自分たち4人の関係は紛れもない“本当”であるのだと伝えるすずめ。
すずめ「好きになった時、人って過去から前に進む。私は、真紀さんが好き。今信じてほしいか、信じてほしくないかそれだけ言って?」
真紀「信じてほしい……!」
4人は最後の夜を楽しみます。映画を見たり、ドミノ倒しをやったり、小学生がするようなじゃんけんゲームをしたり。愉高はこんなことを言いました。「人生やり直すスイッチがあったら、押す人間と押さない人間。僕は、もう押しません。みんなと出会ったから」。地獄と称する結婚生活を送っていた頃は「子どもに戻りたい」と思っていた愉高ですが、今は違うようです。この手のセリフって、一歩間違えば陳腐というか、たとえば先日怒涛の最終回を迎えた『奪い愛、冬』(テレビ朝日系)で同じ台詞があっても「さむいわぁ」と思っちゃいそうですが、『カルテット』だと人生に“穴”を抱えた4人がそれぞれ自分の人生を受け入れはじめたんだな……と肯定的に捉えられました。