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アカデミー賞受賞作品『ムーンライト』は「LGBT映画」か? 人種、セクシュアリティ、男らしさ、貧困…複雑な背景をめぐる一人の人間の成長譚

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(C)2016 A24 Distribution, LLC

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アメリカ・マイアミ州のリバティシティを舞台にした『ムーンライト』は、一人の少年の成長を追った三部構成の物語で、一見すると退屈と感じる人たちもいるかもしれない。しかし、主人公を構成する、セクシュアリティ(性的志向)、ジェンダー(社会上の性的表象やアイデンティティ)だけでなく、貧困、生育環境、人種といった要素に注意しながら観賞すると、さまざまな差別の内側に入り込み、この物語のロマンティックな核を味わうことができる。

本作は地味だけれど、ひるがえって、わざとらしい悲劇や喜劇に仕立て上げていない証左であり、つまり、わかりやすいキャラクタードラマ化を回避していると言える。一面的ではないということであり、作中の登場人物はいずれも実際、マイアミのどこかで生きているだろうと感じさせられる。監督・脚本のバリー・ジェンキンスも、原案『In Moonlight Black Boys Look Blue?』(月夜の下で黒人少年は青く見えるか?)を書いたタレル・アルバン・マクレイニーも、仰々しい話を盛り込んだりせず、登場人物らの人生に勝手に関与してねじ曲げたりしないよう注意深く、そっと彼らに寄り添う。

そういう意味でも『ムーンライト』について「LGBTを扱った映画」と紹介するのは正しくない。なぜなら本作ではゲイまたはバイセクシュアルかもしれない男性しか登場しないからだ。

「LGBT」はそれぞれ、Lは女性を恋愛対象とする女性を指すレズビアン、Gは男性を恋愛対象とする男性を指すゲイ、Bは男性と女性の両方が性愛の対象になる人(あるいは性愛対象に性別を問わない場合も含む)を指すバイセクシュアル、そして生物学・解剖学的性別(セックス)に付与された社会的性別(ジェンダー)に違和感を覚えて移行する(トランス)人々を指すトランスジェンダー、の頭文字だ。

この語を性的マイノリティの総称として使っているだろうと想像されるケースがメディアでも後を絶たない。本作について、NHKでも「映画『ムーンライト』を見てLGBTに理解を」という報道があったけれど、理解という言葉に一面的な傲慢さを感じる。そもそもLGBTという略語にはキャッチーさがある一方で、インターセックスなどそのほかの性の在り方は含まれておらず、包括的ではなく、万能な言葉ではないという前提が忘れられてはならない。

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鈴木みのり

1982年高知県生まれ。集英社『週刊プレイボーイ』編集者にナンパされ、2012年より雑誌などに記事を寄稿しはじめる。2017年より『週刊金曜日』書評委員を担当。第50回ギャラクシー賞奨励賞受賞(上期)ドキュメンタリー番組に出演、企画・制作進行協力。利賀演劇人コンクール2016年奨励賞受賞作品に主演、衣装、演出協力などを担当。2012年よりタイ・バンコクでSRSを受けるMtFを取材中。(写真撮影:竹之内裕幸)

twitter:@chang_minori

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