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沢尻エリカ『母になる』試写レポート/テレビドラマにおける母親という存在の描かれ方

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『母になる』公式サイトより

沢尻エリカが“母”を演じるとして話題の新・水曜ドラマ『母になる』(日本テレビ系、水曜夜22時)。4月12日の放送開始に先駆けて、4月1日に女性限定完成披露試写会&制作会見が開かれた。試しに応募してみたところ運よく抽選に当たり、第一話と制作会見の模様をこの目で見てくることが出来た。

正直に言って、「母子モノ」のドラマは当たりハズレが大きい。母の無償の愛や献身が描かれたり、こんな奴いねえよというくらい意地悪なママ友や義母が登場したり……単純にドラマとして面白ければ良いのかもしれないが、すでに存在する偏見をいっそう強化するような内容のものも少なくなかったように思う。では『母になる』はどうか。以下、ネタバレを避けつつ、記していきたい。

善人夫婦が壊される第一話

上映された『母になる』第一話、率直に面白かった。見る前から、沢尻の3歳の息子が誘拐されることはわかっていたが、公式HPでは公になっていない展開もあってスリリング。出演陣は比較的キャリアが長く演技力に定評のある面々(小池栄子や板谷由夏など)で、藤木直人にしても「(演技が)棒っ!!」と突っ込んだり白けたりするような場面はなかった。キャストの演技力とスタッフの演出力で、あっという間にドラマに引き込まれた感があった。

まず、主人公の結衣(沢尻エリカ)と陽一(藤木直人)が出会い、恋人になり、デキ婚し、幸せな家庭を築いていくのだが、その段階では2人がいかに不器用で純真でひたむきな「善人」であるかが、懇切丁寧に描かれている。この人たち、人に悪意を抱かれるなんて微塵も思ってないんだなぁ、と視聴者に思わせるのだ。そういった前触れも影響して、途中までは、結衣=普通よりも格別良い母親、という認識が見る側には与えられる。

しかしヤマ場を迎えた時、そうではないのだとわかる。彼女は普通の女性であった。既に両親が他界している結衣は、家族への思いが人一倍強い女性だ。だが、その思い入れが強いぶん、「完全超人的に四六時中ずっと母性に溢れた母」であるかというと、そんな方程式は成立しない。息子が誘拐されるという「まさか」の事態が起きた時、結衣は、少し前の出来事を思い出し、自分がほんの一瞬<良い母親>ではなかったことを夫に吐露し、号泣。自分が一瞬でも子どもの存在を否定するような感情を抱いてしまったことを告白し、懺悔するのだった。

どんな女性もみんな自分の人生の途中で母親になるものであり、四六時中完璧な母親の顔をし母親らしい態度でいる女性というのも奇妙なものだが、そんな<普通の自分>を結衣はひどく責め苛む。悪いのは絶対的に誘拐犯なのだけれど、自分がもっと四六時中完璧な母親ならこんなことにはならなかったんじゃないか、“自分のせいで”息子と二度と会えないかもしれない、と。その心情は、母性神話が根付いた現代における母親のそれとして、リアリティがあって共感を覚えた。

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中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

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