菊池「〈自然なお産〉界隈でもありますよね。より自然に見えるほうが偉いという。ほかの人が自宅出産? じゃあ私は水中! みたいな。修行感に話を戻すと、例えば生理用品の布ナプキン。これはハードルが低い部類でしょうけど、やはり一般的な使い捨てと比べれば不便さはあり、多少なりとも修行的なところがありますよね。よりレベルの高い修行の道を行くから、ステージが上がるみたいな感覚でしょうか」
修行感の強いものといえば、子ども関連では野呂美加氏(NPO 法人チェルノブイリへのかけはし代表)の提唱する「放射能から子供を守る方法」※1、食ジャンルではマクロビオティック、究極は不食!? アトピーが悪化して肌がぐずぐずになっても、それは毒が出た証拠だから靴下重ね履きをして乗り切るべしという冷えとり健康法も、まさに修行かも。
※1「スナック菓子や油菓子ダメ絶対。自家製のジュースは搾ってから15~25分以内に飲む」「肉や魚、牛乳は要注意、野菜を中心に腹七~八分目」「EM菌はおすすめ」「子どもは公園の植え込み、水たまり、芝生、砂場では遊ばせない」「外出時はマスク使用」「雨には濡れるな」などを提唱しているが、一部「放射線被ばく対策」としては謎のものもチラホラ……。
あとに引けなくなる心理
菊池「この〈修行感がある〉というのは、少数の人を強力に囲い込める力があるんです。修行のステージをクリアしようと打ち込んでしまうと、他の可能性が見えなくなり、立ち止まって冷静に考えることができなくなって、囲い込まれてしまう。厳しい修行で人を囲い込むのは、カルトでも定番の手法ですよね。もうひとつはサンクコスト※2の問題もあるでしょう。人が持つ当然の心理として、そこまでに労力をかけてしまったぶん引くに引けなくなり、自分の間違えを認められなくなる認知的不協和というやつです。お金よりも、むしろ努力のほうが大きいかもしれません。積み上げたものを否定するのは非常に難しく、やればやるほど捨てられなくなっていきます」
※2サンクコスト=埋没費用。すでに支出済みで、事業や行為を撤退・縮小・中止をしたとしても回収できない費用や労力のこと。
巷では「市販のアイテムレベルでは健康効果は期待できない」と言われているにも関わらず、〈水素発生器〉を買ってしまったので水素生活を続けざるをえない、なんてケースもまさにそれかもしれません。ちなみに編集担当・三浦はこのとき、ジャンル違いの取材で聞いた〈風俗嬢が客をどれだけ自分へ執着させるかは、いかに金額を使わせるかがポイント〉という固定客獲得テクニックとかぶったと言います。健康ビジネスも風俗産業もカルトも、のめりこませる基本テクニックはどうやら同じのよう。
菊池「同じ労力なら、ちゃんとしたものに使ったらいいと思うのだけど、たぶん国家資格とか普通なものは、修行感がないからダメなんですよね。珍しくて、さらに〈ちょっと勉強する感〉がいいんだと思う。そこはあくまで〈ちょっと〉なんですけど」
真実よりも、気持ちよさ
高額なセミナー受講料を支払って、約48時間の受講で〈性愛セラピスト〉の資格を取れるなど、いわゆるニッチで新しい感じのする〈民間資格〉を取った人たちは、まさにその沼に陥っていそうです。傍から見れば、お金さえ払えば簡単に取れる謎資格という印象。ところが当事者たちにとっては〈選ばれしものがいち早く取り組める特別な資格〉であり、修行をしたような気持ちにまでなれてしまうという、なかなか理解しがたい心理です。
菊池「よくわからないけど、どうせ選ぶならよりよさそうなものを、という考え方そのものが気持ちいいというのもあるでしょう。〈ありがとう水〉や〈江戸しぐさ〉〈誕生学〉あたりも、〈道徳的〉に信じたい気持ちから来るもので、〈気持ちいい考え方〉を優先している。本当のことはわからないけど、科学を学んだ人たちがなぜオウム真理教に入信したかと言う問題でも、この気持ちいい考え方がキーワードじゃないかと思っています。本来、科学ってみもふたもないものなので、彼らはそれが〈自分の望む科学〉じゃないと幻滅していた。科学は〈世界はこうなっている〉とういう記述だけで、〈世界の真理〉は与えてくれませんから。そこへオウムが科学的に世界の真理を説明できるという考え方を与えてくれ、それに取り込まれてしまったということなのかなと」