カルチャー

なぜ女たちは「料理」に苦しめられるのか――キャスリーン・フリン『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』

【この記事のキーワード】
『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)

『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)

アメリカのフードライター、キャスリーン・フリンによるノンフィクション作品『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(訳:村井理子、きこ書房)。この本を紹介するにあたって最初に知っておいてほしいのは、「ダメ女たち」の「ダメ女」たる由縁が、決して「料理ができないこと」ではないということです。「女のくせに料理ができないダメ女」たちを「立派に料理ができる、あるべき女の姿」へと正す。そして、料理上手になった女たちは、男の胃袋をつかみ、あるいは理想の妻/母となり、その人生は一変、順風満帆なものに――本書は、間違ってもそのような物語ではありません。

37歳で世界屈指の名門料理学校、ル・コルドン・ブルーを卒業した作者が立ち上げた「プロジェクト」。きっかけは、とあるスーパーマーケットで出会った、インスタント食品依存の女性客との交流でした。「どうやって料理したらいいか分からない」ために、体にも懐にも悪い箱入り・缶入りの食品ばかりをカートに放り込んでしまう――彼女のように苦しんでいる人びとに、何かしてあげたい。そうした思いで開講した小さな料理教室が、この物語の舞台となります。

料理教室に集まったのは、10人の女たち。両親との“思い出の味”がマクドナルドの女。夫との力関係の差が料理にあらわれる女。母親から料理を教えてもらえず、いつでもなんでも真っ黒焦げにしてしまう女。別れた夫と過ごした4年前の七面鳥を捨てられない女。料理をするとなると途端に不安定になる精神科女医など、背景に抱える事情はまさに十人十色です。しかし全員が、料理をすることに対して不安や恐れを抱き、自分の料理に自信が持つことができずにいました。この10人の「ダメ女たち」が作者のレッスンを通して、料理に対する恐れを克服し、ぴったりのやり方を見つけ、自信を身につけ、人生を変えていく――ほかでもない、自分自身のために。

「キッチンに立つと、まるで子どもみたいな気分になることがあって。一体何をやればいいのか見当もつかない」「私、絶対に間違えてしまうから」「作ってるものの味なんてわからない。私の味覚がおかしかったらどうするの?」「夫は、私が包丁を使う姿を見て笑う。料理をするたびに、全部メチャクチャになるから。それで自信をなくしちゃった」。彼女たちはみな、「料理をすること」に恐れを抱き、同時に「料理ができないこと」に対しては、強い「恥ずかしさ」を感じています。

「料理をする」という行為が、なぜこれほどまでに女たちを苦しめるのか? 真っ先に思い浮かぶのは、女性たちに押し付けられる「女たるもの、料理ができて当たり前」という幻想だと思います。もちろんそれもあるでしょう。しかし「料理」を、そして「食」を取り巻く問題はより複雑なものです。何をどうやって料理するか。食品を買うとき、何を選択の基準にするか。何を食べ、何を食べないか。何をおいしいと感じ、なにを不味いと感じるか。作者がスーパーマーケットで「買い物客のカートの中身を盗み見るクセがあるのは認める。中身を見れば、その人となりがわかるとしたら、あなただってするでしょ?」と語っているように、これらはすべて、単に「料理すること」「食べること」以上の何かをあらわしてしまうのです。

また、料理すること/食べさせることは、しばしば「愛情」の問題と結びつけられます。手間隙をかけた料理は愛の象徴であり、手を抜いた料理ばかり食べさせられている子どもは、十分な愛情を注がれていないと見なされる。最近話題になった「子どもの朝ごはんは『3日連続でドーナツ』――今どき母親たちの“トンデモ朝ごはん”に共感の声も」という記事に対して見られた反応も、そうした世間の認識を露呈しているように思われます。あるいは、「箸の持ち方でお里が知れる」という言葉。そこにあるのは、正しい「食」を知らない人間は、正しく育てられてこなかったのだという意識でしょう。そして味覚。レッスンの中でも、料理の味付けの仕方が分からないとぼやく女性は、「私の味覚がおかしかったらどうするの?」という不安を抱えていました。その人自身の感覚や、育ってきた環境。「料理」と「食」は、そうした個人の根幹に関わる要素と密接に結びついていると考えられています。だからこそ、料理のできない女たちは、それを非常に「恥ずかしい」ことだと思ってしまうのですし、他人からそれを馬鹿にされたり、なじられたりすることで、ますます自信を失ってしまうのです。

しかし作者はそんな女性たちに、正しい「料理」、正しい「食」のあり方を説こうとはしません。ただ、彼女たちが自信を持って、自分を肯定しながら料理をすることができるよう手助けをします。

「自分の好きなものを探せるようになること。自分の感覚を信じられるようになること。
我が道を進んで褒められることってどれくらいありますか? 自分自身を信じる自由が与えられること、間違いを許されることってありますか? 料理に関してはどうですか? 料理以外のことはどうですか?」

することを恐れ、できないことを恥じていた「料理」という行為。繰り返しますが、彼女たちが「料理ができない女」であることは、大した問題ではありません。ですが、大したことのない、しかし身近で切実な問題だったからこそ、料理はあらゆる悩みや苦しみの象徴に、そして彼女たちの人生を、彼女たちの意志で変えていくきっかけとなりえたのです。

料理ができないことが恥ずかしい。10人の女たちが「料理」に対して抱いていた後ろ暗い「恥ずかしさ」は、レッスンを重ねるうちに、いつしか違うものへと変わっていきます。「ちょっと恥ずかしいけど、料理っていろいろな楽しみがあるな。想像以上だなって思ったんだ」。明るい照れ笑いとともに語られる、料理の「恥ずかしさ」。きっとそれこそが、この料理教室で起きた「奇跡」なのです。
(餅井アンナ)

餅井アンナ

1993年生まれ。ライター。messyでは家族やジェンダー、生きづらさについての問題を取り上げた文学作品のレビューなどを書いています。食と性のミニコミ誌『食に淫する』制作。

twitter:@shokuniinsuru

http://shokuniinsuru.tumblr.com/

[PR]
[PR]
ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室