そもそも、自由
妊娠期間を経て出産し、そこからは怒涛の育児生活が始まる。多くの女性は睡眠不足に悩まされ、並大抵の体力では「赤ちゃんのこと」「自分のこと」この二つを両立するのは難しいだろう。これは一つの事実だ。
ただ、そんな中でもとにかく自分が育児の疲労感に埋もれてしまわないように、と敢えて自分磨きに勤しむ女性もいる。
私の知人女性Aさんは現在40代半ば、ちょうど10年程前に育児に翻弄されていたそうだが、当時、毎日ボロボロの容姿で怖い目つきをしている自分に気づき、「これではダメだ」と思い直したそうだ。
とにかく自分が笑顔になれる方法を……と考えたときに、Aさんは「こういう状況だからこそ自分も大事にしよう」と思い至ったそうで、美容院に行き、大量に服を買った。肌の手入れも可能な限り続け、体型を妊娠前の状態まで戻すため日々トレーニングも欠かさなかったという。
「生後間もない子供の世話と、自分自身を磨くことの両立は今思い返しても相当な精神力を要した」と振り返っている。
Aさんいわく、ただでさえ辛く出口の見えない育児生活……その中で自分ばかりがまるで取り残されたように友人と会えなくなり趣味にも没頭できなくなり……日々ボロボロになっていく自分を鏡で見るのは、自分自身が消失していってしまいそうで怖かったそうだ。それに比べたら、育児と自分磨きの両立に費やす労力のほうが数段マシだったというのだ。
そういった時期を経て今でも女性としての美しさと品を兼ね備えたAさん(決して美魔女とかじゃなくて)に、私は敬意を抱かずにはいられない。
最初にこの話を聞いたときは私も「え? その時期に、どこにそんな余裕が!?」と疑問が先に来たが、「決して時間があったわけではない。どうにかして時間を“作った”のだ」とAさんは言う。
その時期、生活の全部が「子供のことのみ」になり、セルフケアを追求しようという発想にすらならない女性もいると思う(良い意味でも悪い意味でもなく)。美容の優先度が低かろうが高かろうが、それはどちらでも良いことだが、自分自身の肌や体のケアをすることで心の平安につながることもある。
私も産後しばらくは、自分自身をどうにかする具体的なアクションは起こせなかったし、ボロボロになっている自分に気づきながらも「こういうもんだ」と諦めていた。
Aさんはその気づきを大切にしたのだ。「こういうもんだ」と自分を納得させはしなかった。
また、富裕層や芸能人など「お金がある」人が、金銭と引き換えに「育児」と「自分磨き」の両方を手に入れることもある。自宅でエステのようなマッサージを受けたり、ベビーシッターを雇い子なしのリラックスタイムを持つ……羨ましいことだ。羨ましいからといって、「育児を二の次にしているダメな母親だ」と批判するのはお門違いだ。金にあかせて楽をしてずるい、と思ってしまうのかもしれないが、彼女たちはずるくない。こういったことにお金を自由に使えるほどの蓄えを得るまで多くの努力を重ねてきたことだろうし、あるいは財力のある男性と結婚しているからだ。それはずるいことではない。誰が咎められようか?
人生の中で「多くの重要課題を同時にクリアしたい」と考えるタイミングはそうそうあるものではなく、そんな大事な時期に、蓄えたお金を使って何が悪い? と個人的には思う。
同じ母親だから立場が違っても気持ちがわかる、なんてことはない。それどころか立場が違わなくても考え方は様々だ。母になる=皆が皆同じ状況で横一列になる全体主義状態ではないのだから、母親といったってみんなそれぞれ違うのだ。そこに「お母さんなんだからこうじゃなきゃ」なんて固定イメージを押し付けるべきではないだろう。