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いまだから知っておきたい、大正~昭和を生きた反骨の魂/『暗い時代の人々』森まゆみ(亜紀書房)

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『暗い時代の人々』(亜紀書房)

『暗い時代の人々』(亜紀書房)

 子どもの頃、「戦争反対」は「いちいち言うまでもないみんなの共通見解」だと思っていた。だって武力で命や物やを土地を傷つけて、強いほうが弱いほうを従わせるなんて野蛮すぎる。知性があるなら話し合いでなんとかしてほしい。できることなら生きているうちに関わり合いにならずに済みたい、完全な根絶を目指すべき愚かな営為、それが戦争だと。

 だがしかし、いくら大勢の庶民が大きな犠牲を払って悲惨な思いをしたことが記録されていようと、戦争をしたがる人々が決していなくならないということも、だんだんわかってきた。戦争になっても自分は痛い目をみない立場にいる(と信じている)人や、景気浮揚で懐が潤うことを期待している人。あるいは現在の社会への不満から、ヤケクソ気味に閉塞感を打ち破る「何か」を求めて軍事的衝突を煽る人。そうした攻撃的な人々の声が日に日に大きくなっているようで、というか現在の日本の中枢を占めているように感じられてしまって、気が滅入る。

 長きにわたって地域雑誌『谷中・根津・千駄木』の編集長を務め、街と人についての著作が多数ある森まゆみが本書を執筆したのも、こうした現在の世相に対する危機感からだ。

「七〇年代のわたしの大学時代にも、「いまは戦前と似ている」「ワイマール共和国が崩壊した後のような状況だ」などという人はあったが、わたしはそういうオオカミ少年的な言辞には動かされなかった。しかし、一九九四年の小選挙区制導入以来、民意は正確に議席に反映されなくなったのは明白である。近年、アメリカに追随する政策や再軍備化、憲法改正と集団的自衛権の行使に向けた下準備が次々と推し進められていることに対しては、率直に怖い、という感情を持っている。
 そんな時代だからこそ、わたしは、大正から戦前・戦中にかけて、暗い谷間の時期を時代に流されず、小さな灯火を点した人々のことを考えていきたい」(「まえがき」より)

 タイトルは、1930年代にナチスが台頭したドイツからフランスに逃れ、後にアメリカに亡命した哲学者・思想家ハンナ・アレントの人物評論集『Men in Dark Times』にちなんでいる。ローザ・ルクセンブルク、イサク・ディネセン、ヴォルター・ベンヤミン、ベルトルト・ブレヒトら、ファシズムなどに屈しなかったヨーロッパの知識人たち10名について論じた作品だ。

 日本の「暗い時代」としてここで取りあげられているのは、1930年代頭の満州事変勃発から45年の太平洋戦争終結まで。「戦争協力」の要請にさまざまなかたちで抵抗した九人が紹介されている。順に挙げると、斎藤隆夫、山川菊栄、山本宣治、竹久夢二、九津見房子、斎藤雷太郎、立野正一、古在由重、西村伊作。自分がいかに日本史を知らないかを痛感させられつつ、それぞれに時代に翻弄される人生の歩みを追った。読み進めるにつれ横のつながりがあきらかになっていくのも、評伝集というスタイルならではのおもしろさだ。

 どの人物もへこたれずに信念を貫く様に心を打たれるが、特に興味をひかれたのは、「花を植えて世の中を美しくしたい」という思いで造園家を志し、生物学・性科学を研究するうちに、女性の権利擁護運動としての「産児制限運動」に力を尽くすようになった山本宣治。「産めよ殖やせよ」の時代、避妊や堕胎を自由に行うことができずに、体に大きな負担がかかる妊娠・出産によって健康を損ね命を落とす女性は少なくなかった。山本はアメリカでこの運動を牽引したマーガレット・サンガーが1922年に来日した際に通訳を務め、避妊法を詳しく紹介する冊子を制作して頒布した(表紙には「極秘」の文字が刻まれている)。彼の生家だったという宇治の旅館「花やしき浮舟園」はいつかぜひ訪れてみたい。

 女性の権利運動の同志たちが戦争協力の世情に同調していく中でそれをよしとせず、弾圧に倒れることもなく、「暗い時代」を乗り切った山川菊栄の仕事にも尊敬の念が沸く。夫の山川均がいわゆる人民戦線事件で捕らえられている間、菊栄は鶉(うずら)の卵を売って食いつなぎ、聞き書きをもとに『武家の女性』と『わが住む村』をものした。「歴史的資料」の大部分は権力者の男性の視点から編まれているものだから、江戸の女性の暮らしをこういったかたちで記録したことには大きな意味がある。

 本書に登場する人々には、出自に恵まれ海外に学んだ人も多くいて、当時のエリート層の豊かさに驚かされる。そんな中で、小学校を中退、丁稚やタンス職人を経て松竹の大部屋俳優になり、1936年に文化新聞『土曜日』を発行した斎藤雷太郎の存在が嬉しい。現在も京都で人気を集める喫茶店フランソアは、1934年に当時20代半ばの立野正一がはじめた店で、『土曜日』の活動拠点となり、反ファシズムの文化的抵抗を支援したそうだ。

 普通選挙法と治安維持法が同時に成立したのが1925年(大正14年)。普通といってもこの時点で権利を与えられたのは「満25歳以上の成年男子」。女子に選挙権が与えられることはなかった。そこからまだ100年も経っていない。現在「あたりまえ」とされている自由や権利がいかに脆いものか改めて意識されて、身が引き締まる思いがする。

 「歴代の自民党政権の中でも最も右寄りと言える政権のもとで、安保関連法案の強行採決、格差の拡大、軍事研究の解禁、公共放送への介入、メディアの懐柔と締め付けが行われ、共謀罪の創設がもくろまれている」いま、悲劇を繰り返さないために知っておきたい歴史が、本書には綴られているのだ。

野中モモ

ライター・翻訳家。著書『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』(筑摩書房)。訳書『バッド・フェミニスト』ロクサーヌ・ゲイ(亜紀書房)、『つながりっぱなしの日常を生きる』ダナ・ボイド(草思社)、『ガール・ジン 「フェミニズムする」少女たちの参加型メディア』(太田出版)他。

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