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責め場に心を囚われ縄をエロスに昇華させた、ただならぬ変態・伊藤晴雨の情熱

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Queerライター・コウの「変態読本」

Queerライター・コウの「変態読本」

さてさて、朝から晩までエロいネタをむさぼり読んでいらっしゃるmessy読者のみなさまなら、昨今の緊縛ブームの風、ビンビンに感じてますよね?

そう、今では英語でも「KINBAKU」という言葉があるくらい、緊縛は世界的ブームのようです。緊縛専門の麻縄通販サイトも「二ヵ国語表記は当たり前!」みたいな時代ですわよ。

国内でも、先日開かれた『全日本緊縛博覧会』なるイベント、私は行きそびれてしまったのですが、大盛況だったようで噂は兼ね兼ね伺っております。北は北海道から南は九州まで、日本全国の縄師や女王様、SM系のAV女優さんなどがそれぞれブースを設け(コミケかよっ)、客はお目当ての縄師のチケットを買って、順番に縛ってもらうというシステムだったそう。ちなみにチケットは時間制、縛り以外のサービスなし、性器や乳首の露出厳禁。

このイベント、これまで極めてプライベートな「秘め事」として親しまれることが当たり前だった緊縛の世界観を、「デイイベント/広い会場/オープンスペース/緊縛オンリー」などの仕組みにより、かなりポップな印象への変化を押し進めたのではないでしょうか。※1

しかし、ちょっとまった! そもそも緊縛って、いつからフェティシズムのジャンルになったの? あれって拷問じゃないの? 緊縛を「美しい」と思えるようになったのは、なぜ? よく考えると不思議じゃなくって? 「緊縛」が「フェティッシュ」に昇華するまでの歴史。実は、これには決定的な立役者がいたんですね。

責め場に使われていた「緊縛」にグッときてしまった伊藤少年

立役者の名は、伊藤晴雨。明治生まれで大正~昭和時代初頭に活躍した日本画家です。

緊縛のルーツは、言わずもがな「捕縛」でありましたが、大衆が目にする場面で言えば、夫婦喧嘩や女同士のイザコザにおける「責め(リンチ)」であったと思われます。

伊藤少年10歳の頃、母親に連れられて見に行った芝居にこの「責め場」が出てきました。劇中のそれは、女中2人(比較的身分が低い召使い)が侍女(女主人に仕える、比較的身分が高い女性)を縛り上げ、左右から打つ(鞭?ほうき??何で打たれていたのか個人的には気になるが、伊藤晴雨自伝に記載なし)という責め場だったそう。その時の、打たれる度に侍女の髷が乱れていく様、女性が責められる場面に心奪われたのが、伊藤少年の原体験となったのでした。

舞台看板画家・挿絵画家・新聞記者・結婚・離婚を経て

時は流れ(中略:ご興味が沸いた方は『伊藤晴雨自画自伝(新潮社)』や『芸術新潮1995年4月号(新潮社)』などをご参照ください)、2人の子どもを養うシングルファザーであった晴雨、春画や責め絵など色物の仕事が生計の助けになったのは間違いないでしょう。ヌードモデルを自宅に通わせ、精力的に作画に取り組みました。また、作画以外にも、縛りの練習や実験、時には写真の撮影まで行い研究を深めたと言います。写真家との出会いなども手助けして、次第に本格的な緊縛写真の撮影に及ぶようになります。

伊藤晴雨監修・川口博撮影の写真群がスゴイ

その写真群には、今の時代にも十分通用するこだわりと美しさとを感じます。図版などの印刷物でしか私は拝見していませんが、大正ロマンな日本髪が色っぽく乱れた様に、はだけた襦袢、絹衣と白い肌に食い込む荒々しい麻縄……そして太陽光に照らされた肌はより一層白く輝く……ため息が出るほど美しいのです。

この撮影には、並々ならぬ情熱と労力がかかっていたと思われます。当時、緊縛写真のモデルなんて金を積んだとしてもそうそう見つかるわけもなく、大事な知り合いの娘さんにお願いして、また時には自分の2番目3番目の妻(!!)に命がけの責め場に耐えてもらい、更には当時の値段でも数万円はしたという日本髪の鬘を撮影毎に新調し、髪の毛一本一本の垂れ方にまでこだわったという晴雨。そして、「とにかく女性が好きだった。女性を美しく撮ることには自信があった」と撮影を担当した川口博のこだわりも晴雨と相性が良かったのでしょう。さぞかしクリエイティブな撮影現場だったのだろうと夢心地に想像いたします。

緊縛や責めは伊藤晴雨の性癖だったのか

緊縛や責め場に心を囚われ、実験や撮影では自ら縛りを担当していた伊藤晴雨でしたが、プライベートセックスでもS男だったのかと言われると、それはわかりません。ただ、自伝から窺がえる暮らしぶりや研究に対するあまりに真面目な姿勢から、どうにも「S男」と簡単に括ってしまうのは甚だ勿体ないと私は思います(もちろん紳士的で真面目なS男さんは現代でもいるのですが)。しいて言うなら、「ただならぬ変態」とでも言うべきでしょうか。変態には違いないんですけどね(笑)。

ただならぬ変態 伊藤晴雨が残したもの

「責め」への興味から、新聞記者時代の情報網を活かして「責めに関する珍ニュース」をかき集めたり、また江戸・明治の風俗研究に明け暮れ、演劇芸能、浮世絵、男色、行商人や見世物小屋、江戸ファッションから灯籠や障子などの江戸のインテリア雑貨に至るまで、伊藤晴雨は膨大な画像を描き残したりしました。その情熱たるや……晴雨の成した偉業は「緊縛に美学を見出し、フェティシズムへ昇華させた」ことのみにとどまらないのです。感服いたします……。

さてさて、感服したところで、もうあとは、百聞は一見に如かずですので、これ以上語るのも愚門愚答ですね。

かくして、「ただならぬ変態」が、今や世界を虜にする「ただならぬ変態文化」を生んだのでした。いやはや、「変態なくして変態文化なし」ですね。こうして私の大好きな変態文化を生み、守ってきた変態さんたちに敬愛の念を込めて、今回はこの辺で。

※1 緊縛およびSMプレイと呼ばれるものには、必ず危険が伴います。死亡事故や傷害事故も数えきれないほど起こってきました。ご興味がある方、まずはプロ(縄師やお店の女王様)にご相談・ご指南いただきましょう。全国の色んな場所で、縄講習会なるものも開催されておりますので、一度お調べになってみてください。

コウ

昼間は事務員/ライター、夜はフェティッシュバー店員。ストリップ・バーレスク・ドラァグクイーン・フェティッシュファッション・春画など、性にまつわるキャンプなカルチャー「変態文化」をこよなく愛す。

twitter:@KOU_queer

責め絵の女―伊藤晴雨写真帖 (フォト・ミュゼ)