インタビュー

「メスとしての人生には不足がない」――悠子さん・57歳。更年期後の人生はきっと楽しいと確信する彼女の<女の一生>とは?

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更年期

向き合います。更年期世代の生と性

悠子さんはフリーランスの翻訳者兼通訳で、57歳・バツイチ。25歳でできちゃった結婚、26歳で出産。30歳で下の子を妊娠したことをきっかけに別居するものの、正式な離婚の成立はその10年後。35歳でセックスに目覚め、複数のセフレを持つようになる。その中のひとりと10年間の不倫を経て、47歳で同じ年男性の結婚を前提に交際をスタートさせた悠子さんだったが……。

<前編はこちら:愛され体質の元夫と決別、二児を育てながら初めて「女」になった――悠子さん・57歳、更年期手前までの半生。>

子供も祝福の週末婚スタート、同時に更年期症状と闘う日々が始まる

――お相手はどんな方ですか?

「とにかくきっちりした性格の人。大手の会社に勤務して会社員で一戸建ての住まいを持っていました」

――まぁ、それはなんたる優良物件!

「まさに(笑)。それで、交際スタートと同時に彼の家で週末婚状態になったんですね」

――彼の家でお泊りすることを、お嬢さん方にはなんて説明しました? その前の10年愛の彼の場合は不倫なんで、お泊りはなしですものね。

「そう、不倫の彼とは当然お泊りは一度もなしなので、子供にはなにも話していませんでした。でも47歳で出会った彼のことはすべて正直に娘たちに話しましたよ。お母さんはお付き合いする人ができた、って。娘たちはその頃もう大学生と高校生で彼氏もいたし。自分たちに彼氏ができて、急に母親の将来が心配にもなってきたようで『お母さんはこのままひとりで年をとるのかな』ってふたりでよく話してたらしいんです」

――じゃあ、娘さんたちも諸手をあげて賛成してくれたんですね。

「そうです。だから週末婚も誰に隠すことなく堂々と」

――その前の忍ぶ恋とは180度の方向転換ですね~。

「ええ。ただね、交際し始めたのは47歳でしょ? 私たぶんその頃から更年期の症状が少しずつ出始めていて」

――具体的にどんな症状がありました?

「生理の感覚が短くなってきて。しょっちゅう生理が来るようになってしまったんです。そろそろ更年期なんだなと思い、彼にはそれをちゃんと話しました。同じ年だし、そういうことはとても話しやすかったですね。向こうも理解があったというか。あぁ、そうなんだってわかろうと理解してくれる状態ではありました。でも私、みるみるうちに疲れやすくなって、イライラもひどくなり、物の考え方がネガティブになっていったんです。一番辛かったのは睡眠障害かな」

――この連載でもいらっしゃいましたが、更年期の症状で睡眠障害が出る方はほんとに皆さんお辛そうです。悠子さんはその時点で婦人科にSOSを求めようとしなかったですか?

「行かなかったんです。更年期だと自覚はあったけれど、同時に上の娘の就職問題で私もいろいろ悩んでいた時期でもあって。どちらかというとそれがストレスになって眠れないんだろうと思いこんでしまったんですね」

――睡眠障害を抱えながら、仕事に子育て、そして週末婚……体力的にも精神的にもかなりハードだったろうことは想像できます。

「ちょうど疲れがピークに達していた頃に、東日本大震災が起きたんですね。あの震災で自分の生き方や考えを見直すことになった人は多いじゃないですか? 彼も一刻も早く結婚したいと思ったみたいで『結婚の話はいったいどうなってるの? いつ結婚するの?』とせっつくようになったんです」

――たしかに……彼の気持ちもわかるというか。結婚を前提に47歳で交際をスタートしてもう3年も経ってますものね。

「そうなんです。子供の受験や就職で頭がいっぱいで伸ばし伸ばしにしていたんだけど、彼に正面切ってそう言われると『あ、私もう受け止めきれない』って思ってしまったんです。『私いまこんなにしんどいのに、なんでそんなワガママ言ってくるの!?』って腹がたって。まぁ向こうの立場からすると、そう言うのが当たり前なんだけど(笑)」

――ですね(笑)。正直言わせてもらうと、相当長期間引っ張ったなって感じもします。

「いま思うと悪いことしたとはわかるんです。でも当時の私からしたら毎週末会ってあげてるのに、なんで? このままでいいんじゃない? って反発心があった。もうとにかく体が辛くって……楽しいから会うじゃなくって、無理して会ってあげてるって上から目線でした」

――いや~~。もう彼、かわいそうすぎる。

「ほんとにいい人だったんですよ。彼はもともと家事全般はぜんぶひとりでできる人で。なんならおおざっぱな私よりちゃんとできる。だから私も向こうの家で家事三昧ってこともなかったし。最初に向こうのご両親にもきちんと紹介されましたしね」

――なんと! ご両親にもお会いしていたんですね~。

「もともとご両親のお家の敷地の中に、彼用の家を建てたってスタイルなので。向こうの家に初めて行ったときに、ご挨拶していたの」

――訊けば訊くほどきちんと順序を踏んだ素晴らしいおつきあいのようにも思えます。

「むこうはね一度結婚に失敗しているから、次は絶対に成功したかったみたい。それで<結婚とはこうあるべき>みたいなイメージができあがっていて。とにかくなんでもふたりでしたがるんですよ。スーパーに行くのも絶対にふたりじゃないとダメ」

――しあわせで仲良しの夫婦はスーパーにふたりで行くものだっていう思い込みがあったんでしょうね。

「とにかく決めたルールはきちんきちんとすべて守る人。私、『これ作って。これ食べたい』って言われて作るのは苦じゃないんだけど。その彼は、スーパー行って『何食べようか?』ってそこからはじめなきゃいけない。とにかくそれがめんどくさかったです。子供のこと、仕事、そこにもうひとつ義務が増えたって気持ちになってしまった」

――悠子さんが結婚に同意できなかったので、別れることになったと。

「結婚についてまったく前向きな回答をしない私に向こうがキレちゃって。別れようって言われました。結婚できないなら次を探さなきゃって、彼も焦ったんだと思います。いま思えば、あの頃はもう更年期が始まっていたからこそ、結婚という条件に飛びついてしまったんじゃないかな……」

――女性ホルモンの減少は精神面にも影響します。不安や鬱のほか、判断力の低下なども。

「それ、とてもよくわかります。私も自分の体調や老後にやたらと不安を感じるようになっていたんですね。そんな状態だったから彼が現れたときに『あ、私これで救われる』って思ったんだと思うし、救われるなら彼になんでも合わせようと無理もしていた。でもつきあいが深くなるにつれて、結婚ありきの関係ということがどんどん重荷になってしまって」

――まさかとは思いますが……彼と別れて更年期の症状がマシになったとか?

「いえ、さすがにそれはなかったです。むしろ彼と別れて症状はひどくなりました。精神的な落ち込みがひどく、彼への申し訳なさと罪悪感でいっぱいになったんです」

――でも悠子さんが結婚できないと話したことが原因ですよね。

「結婚する選択をできなかった自分を、すごくダメ人間だと思うようになってしまったんです。落ち込みと睡眠障害とイライラがますますひどくなってヘロヘロに……」

――睡眠障害は具体的にいうとどんな感じですか?

「なんとか眠ろうとベッドには11時には入るようにしていたんです。でも眠れなくって。眠ってもすぐに起きてしまう。それでまた眠る努力をする、その繰り返しでした。朝の4時半頃に目がさめてそれっきり眠れない、というパターンもありました。あの頃は、ぐっすり寝たな、と思えることがなかったですね」

――睡眠導入剤などは試されたんでしょうか。

「内科で処方してもらって飲んではいましたけれど段々効かなくなって。それなら新しい薬にするとか、量を増やすとか考えればいいんでしょうけど、とにかくモノゴトの判断がすべてネガティブになっていた時期なので……。いったん量を増やすと、このままどんどん量が増えていってしまうんじゃないかとか、一生薬を飲まないといけないのか、とか。そんなことばかり考えると、増やすことも薬を変えることもできない。もうまともな判断力がなかったんですよね、いま思うと。もっと早い時期に更年期外来を探して行くべきだったと今は痛切に思いますよ」

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日々晴雨

都内在住フリーライター、独身。いくつかのペンネームを使い分けながら、コラム、シナリオ、短編小説などを執筆。コピーライターとして企業のカタログやHPなどのライティングに携わることも。

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