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エロ漫画に見られる“子宮透視図(膣内断面図)”は、あのダヴィンチも描いていた!

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Queerライター・コウの「変態読本」

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タイトルにある“子宮透視図”や“膣内断面図”なるもの、字面だけでなんとなく想像できる方もいらっしゃるでしょうか。これらの描写は、日本の成人男性向け漫画の挿入シーンにしばしば登場する“チンコが入っている状態の、マンコから子宮にかけての臓器が透き通って見えるかのような描写”のことです。私もいつのことだったか分かりませんが、気が付いたときには、この描写の存在は知っていました。

それから幾分か月日が流れ、成人してから一時期親密な仲にあった男性で、行為中にコンドームを付けたくない理由として「自分のチンコが、今どこにいて、何に当たってるのか、分かる方が興奮する」と言う方がいらっしゃいました。そのときにビビビッと思い起こされたのが、この子宮透視図でありました。「もしかして、こういう人に需要があるのか」と。ただ正直、ゴムを付けなかったくらいで、女性器の内部がその方に熟知できているのか甚だ疑わしいですし、その時は「いやいや、そういうことは性病検査の結果を見せて、ピルを私が服用してから言いましょう」と心の中でさく裂したツッコミをどこまでどう伝えるかを考えることで精いっぱいだったわけですが、最近この連載のネタをあれこれ考えるうちにまたこの過激ファンタジー性描写のことを思い出していました。

子宮透視図・膣内断面図、その表現のルーツは?

この色々ツッコミどころの多い性描写ジャンル(というべきなのか…?)、前から気になっていた! ということで、ひとまず真面目にルーツ探しでも…と思ったのも束の間、この描写のルーツが気になっていたのは私だけではありませんでした(先人がいた)!

『エロマンガノゲンバ(三才ブックス)』の著者である稀見理都さんが、そのルーツらしき存在として、ツイッター上に、レオナルド・ダ・ヴィンチの『The Copulation(1493年頃)』と、歌川国貞の艶本(春画本)『花鳥余情 吾妻源氏(1837年頃)』に登場する1枚を画像で挙げていました。

前者は挿入している瞬間の男女どちらをも透視図法で描いたスケッチで、後者は膣に指を入れている(いわゆる手マン)場面の内部が描かれた春画です。どちらが本当のルーツかという議論は、その間の時間的隔たりも大きすぎますし、非常に難しくもはや愚問な気もしますが、しいて言うならダヴィンチの場合、知的欲求ゆえのスケッチと見て取ることができ(そのわりに医学的根拠に基づいていなかったことが現在では明らかになっている)、国貞の作は春画ということで、性的興奮を誘うための描写であったことは明らかです。

じゃあ、やはり春画がルーツ?

いえいえ、ちょっと待ったー! ここで、注目すべきは前項で(カッコ)付きにしてしまったのですが、ダヴィンチの『The Copulation』が医学的根拠に基づいていないということ。ということは、解剖図を基にした医学的な記録ではなかった可能性があるってことですよね。医学的な記録目的じゃなかったと仮定すると、ここに描かれている性交渉シーンはいったい…? これは俄然、変態臭がしてくるじゃありませんか…!

具体的に、何が医学的に間違っているのか

これは既に照らし合わせて検証してくれている研究者の方がいらっしゃいます。アメリカの科学ジャーナリストのMary Roachさんです。著書『Bonk: The Curious Coupling of Science and Sex』(日本語版:『セックス科学のイケない関係(日本放送出版協会)』より、以下に3点の指摘を抜粋。

1.子宮頸部とペニスが結合している(実際には結合しない)

2.ペニスの中に2本の管が描かれている(精液と尿が別々に運ばれていたという考えが当時の主流であったが、実際には1本の管で尿も精液も運ばれる)

3.乳房から腟への管が描かれている(このような管は存在しない)

子宮口より奥にチンコが届くという幻想

「子宮頸部とペニスの結合」ドリームは、それこそ現代のエロ漫画でもよく見られる表現です。子宮頸部どころか、子宮だの腸だの胃だのと、とにかく奥までチンコが届く描写というのは断面図・透視図業界では王道のネタのようです(この記事を書くために、インターネットで無料公開されているものを読み漁った私なりの見解ですが)。愛する人と、とにかく深く深く、愛し合いたいという感情の現れなのでしょうか。もしくは凌辱欲求? どちらにせよ、古今東西、チンコ&性欲持ちのドリームはみな共通している不思議……。ちなみに本当は、どれだけ奥に届いたとしても子宮口までですよ。

近いようで遠いんです

近いようで遠いんです

尿と精液は別々の管で運ばれ、別々の出口から出て欲しいという願望

ダヴィンチの「ペニスに2本の管」描写、気持ちはめっちゃ分かる! できれば別々に運ばれていて欲しいと一度は思ったことありますよね(私だけ?)。「女性器はおしっことマン汁別々の管と出口なのに、なんで男性器は同じやねん! 不公平やー」と、セックス心ついてから私は何度か思いましたよ。これ男性も思ったことある人いるでしょ? おしっこと同じところから出てくるザーメンを「自分の体液だとしても、汚い」と思ってしまった経験はありませんか?

汚くなくはないけど

汚くなくはないけど

乳首と子宮は繋がってるんでしょ?という思い込み

最後は「子宮と乳房を繋ぐ謎の管」。これは、ウッカリすると女性でも信じてしまう方はいるかもしれませんね。というのも、乳首への刺激が子宮に影響をもたらすことは事実だからです。

それは本来、出産後の女性のために備わっている機能で、出てきた赤ん坊がオッパイを飲むことで、妊娠中に伸びて大きくなった子宮を少しずつ縮めて元の大きさに戻しちゃおう! という一石二鳥機能なのです。

ということで、実際に乳首と子宮に因果関係はありますが、おそらくは、熱いときに汗が出るメカニズムが「肌(熱いよ~)→脳(汗出せ!)→毛穴(汗出た)」となっているようなもので、この場合も「乳首(オッパイ出す)→脳(子どももう生まれてるから縮んでいよ)→子宮(縮む)」と、脳を経由しているはずです。

ただ、この機能は実は妊娠出産に関わらず作動してしまうので、女性の乳首を刺激すると子宮がキューッとなる感覚は常に女性には起こり得るのです。例えば、妊婦さんや妊婦の旦那さんが、医者から「乳首はあまり刺激しないようにね」などと言われることがあるのも、このためです。妊娠中であっても、乳首を刺激すれば子宮が収縮することがあり、赤ちゃんがウッカリ予定より早く押し出されてしまうリスクがあるのです。

当然、妊娠も出産もしていない女性も同様、前戯や行為中に乳首を刺激されれば、「子宮キューッ」感覚は起こり得るのです。そして、その因果関係がヘテロ男性陣にとって、非常にセクシーで魅力的な作用と思えることは容易に想像ができます。

管はないですよ

管はないですよ

「膣や子宮=チンコにとってのユートピア」を思い思いに図解しているのが断面図や透視図

現実では永遠に目視することが叶わない膣内や子宮。一生答え合わせができないのをいいことに、理想をこれでもかと盛り込んだ、チンコにとっての理想郷……。要するに、ここまでに述べたあらゆるセックスドリームが詰め込まれたのが、古今東西に見られる「膣や子宮の透視図・断面図」ということなんですね。また、そのドリームを「自分以外もきっと分かるはず!」「こうだったら素敵じゃない??」と図解してくれているというわけです。

変態のクリエイティビティ天晴ですね。こうして日々新しい表現が生まれていくのかぁ。

コウ

昼間は事務員/ライター、夜はフェティッシュバー店員。ストリップ・バーレスク・ドラァグクイーン・フェティッシュファッション・春画など、性にまつわるキャンプなカルチャー「変態文化」をこよなく愛す。

twitter:@KOU_queer

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