劇場へ足を運んだ観客と演じ手だけが共有することができる、その場限りのエンターテインメント、舞台。まったく同じものは二度とはないからこそ、時に舞台では、ドラマや映画などの映像では踏み込めない大胆できわどい表現が可能です。
文化や宗教によっては刺激的すぎると敬遠されるモチーフであっても、作品自体の魅力は、国や言語を超えて世界共通です。それを届ける手段としていちばん効果的なのは、たとえ言葉がわからなくても歌やダンスで魅せることができるミュージカルではないでしょうか。そして、同じ脚本と演出だからこそ、上演される国や地域の違いで、社会や文化の差を浮かび上がらせるものでもあります。
前回の本欄「高い歌唱&演技力で魅せる韓国版『スリル・ミー』、男同士のキスシーンにエロスが足りないのは、お国の事情?」では、欧米のミュージカル最新作が日本よりも早く上演されることの多い、韓国のミュージカル事情に触れました。米演劇界の最高の賞、トニー賞受賞作のブロードウェイ「キンキーブーツ」もまた、マイノリティが登場し、日本に先んじて韓国で上演された作品です。「ありのままの自分で生きる」というテーマの、韓国と日本の表現の違いを、主人公のドラァグクイーン、ローラを演じたカン・ホンソクと三浦春馬の演技から考えます。
「キンキーブーツ」は、2005年の同名英米合作映画を基にしたミュージカルで、12年に初演。音楽はすべてシンディ・ローパーが作曲し、13年のトニー賞では作品賞など6部門を受賞、プロデューサーのひとりには日本人の川名康浩が参加していたことは、日本でも大きく報道されました。韓国では14年に世界で最初のライセンス公演が行われ16年に再演、日本では同年に初演されています。
セクシーなヒールを求めて
舞台はイギリスの老舗の靴工場。跡を継ぐことを拒否し都会で暮らしていたチャーリーは、父親の急死を受け工場を継ぐことに。倒産寸前の工場を再建するため、ニッチな市場の開拓を決心したチャーリーは、ロンドンで出会ったドラァグクイーン・ローラの要望から、ドラァグクイーンのためのセクシーなブーツ「キンキーブーツ」の開発に命運をかけます。
韓国での再演版を筆者が観た日の出演者は、ローラが、日本発のミュージカル作品「デスノート」などに出ているカン・ホンソク、チャーリーは「モーツァルト!」「ウィキッド」など大作ミュージカルに出演しているイ・ジフン。日本版では、ローラを三浦春馬、チャーリーは小池徹平が演じました。
女性の服装をまといナイトクラブで踊るドラァグクイーンのローラが履くブーツの高いヒールは、大柄な男性の体重を支えるには不十分。靴への興味がなかったチャーリーは当初、かかとが太くえんじ色の靴を作り、「赤はセックスの色。セクシーさはヒールに宿る」とローラに突き返されます。
その場面の「The Sex is in the Heel」は、ローラを象徴する楽曲。キャッチーな音楽にドラァグクイーンのバックダンサーを従えたとても華やかなシーンで、ローラのダンスもとても官能的です。三浦春馬はNHK大河ドラマ「おんな城主 直虎」への出演など、一般的には映像作品での活躍の印象が強いですが、CMで披露したこともある歌はもちろん、実はダンスも高い技術を持つ実力派ミュージカル俳優の側面も持ち合わせています。
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