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産後の離婚は悪か?「離婚しても困らない社会制度」を

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「産後クライシス」ポプラ社

「産後クライシス」ポプラ社

 「出産」は人生のなかでも幸福度が高いイベントのひとつとして考えられています。子宝に恵まれることで、より一層夫婦の愛情が深まり、家族としての絆も強くなる。子供のいる家庭こそが理想的な家族像である、という幻想は未だに根強いものです。しかしながら、そうした理想像とは逆に、出産を期に夫婦関係が冷えきってしまい、離婚の危機にさえ遭遇してしまうカップルも存在しています。

 NHKの記者である内田明香さんと、ディレクターの坪井健人さんはこの現象をいち早く取り上げ「産後クライシス」と命名しました。NHK総合テレビの朝の情報番組『あさイチ』でこの問題について特集しました。この特集は大きく話題を呼び、昨年11月に『産後クライシス』(ポプラ新書)というタイトルで書籍化されています。

 産後クライシスでは、夫の振る舞いによって妻の愛情度が急激に薄れていってしまうことが問題視されています(あるシンクタンクの調査によれば、妊娠期に『配偶者を本当に愛している』と答えた妻は74.3%いたのに対して、子供が2歳児になった頃には34.0%まで激減しているのです)。

 その直接的な原因には、夫による「育児に関わっている妻への無理解」がある、と本書は指摘します。妊娠中の制限にしても、出産時や産後の痛みにしても、夫にはその大変さが実感できない。夫が日中働いているあいだに、家で妻がどれだけの重労働に取り組み、精神的にも孤立しているかを理解できていない。そこで夫が「俺は家庭のために仕事を頑張っているんだよ!」だとか「育児はお前の仕事だろ!!」と妻を突き放すような引き金を引いてしまうことで、妻を深く傷つけてしまうのです。こうした傷はその後も尾を引き、一旦冷めてしまった妻の愛情はほぼ回復することがないというのですから一層深刻です。

 本書で紹介されている産後クライシスの様子は、どれもリアリティー満載で、読んでいて恐ろしくなりました。夜泣きが止まない子供に苛立ち、妻に「俺、明日早いんだけど」と言い放って、布団に包まった夫……など、自分もうっかり言って取り返しがつかなくなってしまいそうな、ありふれた恐ろしさがあります。

 また本書は(毀誉褒貶あれど)「イクメン」という言葉が広く流通し、「女性が輝く日本の実現」が謳われている昨今であっても、依然として育児という仕事の負担は、妻の側に重くのしかかっていることを伝えてくれる一冊でもありました。「イクメン」という言葉に踊らされ、ちょっと「手伝った」ぐらいでドヤ顔になっている「偽装イクメン」がどうして快く思われないのかもわかりました。四六時中、子供のことに神経を行き渡らせている母親からすれば、それぐらいでドヤられたのでは腹が立つのも当然な気がします。

 しかしながら、どうして夫は妻の大変さが分からないのか、という点に関しては、本書が指摘する通り、なにも夫の存在そのものが悪いばかりではありません。社会が強いる長時間労働こそが、育児や家事への参与を難しくさせているのです(ただ、これは『俺が悪いのではない、そういう会社や社会が悪いのだ』と夫を開き直させる理屈にもなりかねませんが)。こうした事情を改善するためには、男性が育休を取るなどの実態がもっと広まっていくことが不可欠でしょう。

 ただ、新しい制度を導入しても馴染むまでには時間がかかるのが世の常です。そして、もっと小さなところから始めることもできるように思います。私が本書を読んで「私は女性のことをあまりに知らなすぎるな」と反省したこともあったのですが、男性がもっと女性のことを勉強する、とかから始めることもできるでしょう。

 出産の痛みは「鼻からすいかを出すぐらい痛い」と言われますが、後産の痛さについて男性が知る機会は稀かと思います(私もそういう痛みの存在を本書で初めて知りました)。妻が妊娠したら、妻が出産したら、そうした知識に触れることもあるでしょう。しかし、その機会が本番までやってこないのであれば何とも心もとないですし、夫が妻を理解できないのも当然な気がしてきます。

 あるNPOでは男性向けに「妊娠・出産による女性の心身の変化のレクチャー」を開いているそうですが、こういう企画にもっとアクセスできるようになると事情が大分変わってくるのではないでしょうか(義務教育のなかにそういう話が組み込まれても良いのでは、とさえ思います)。

 こうして状況の改善に関して考えてしまう一方で、産後クライシスとそこから発生する離婚が「悪いことである(回避するべきことである)」という本書の論調に対しても考えを巡らす必要もある気がします。

 「乳幼児を抱えての離婚は貧困と隣り合わせ」というデータを出されると、たしかに産後クライシスを回避するのが良いことのようにも思えてきます。しかしながら、結婚や出産といったイベントが意志にもとづく選択可能な自由として認められるのであれば、離婚もまた自由な選択として認められてもおかしくないでしょう。しかし、現実にはそうではない。離婚が増えることで児童扶養手当の支給が発生し、社会的なリソースを使ってしまうことが社会問題として捉えられたり、あるいは「子供が可哀想」などと道徳的な問題として捉えられたりしているのが現状でしょう。

 「離婚は良くない! 避けるべきだ!」という価値観は、その言葉に縛られて、苦しい夫婦関係を耐えてしまう人を生むことにもなります。いっそのこと離婚しても全然困らない社会制度ができてしまえば、妻の気持ちがわかって、子育ての負担も夫婦でキチンとシェアできる夫しか残らないように自然淘汰がおこなわれるのでは……とも思ってしまうのですが……。

 本書については、出産を経験したワーキングマザー(会社員兼ときどきライター)のヒポポ照子さんにもクロスレビューを依頼していますので、そちらもいずれUPされるでしょう。産後クライシスの経験者は本書をどのように読み解いたのでしょうか。

■カエターノ・武野・コインブラ /80年代生まれ。福島県出身。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra

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(009)産後クライシス (ポプラ新書)