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キュン死・悶絶必至。優男との叶わぬ恋に溺れる女たち『ニシノユキヒコの恋と冒険』

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『ニシノユキヒコの恋と冒険』公式HPより

『ニシノユキヒコの恋と冒険』公式HPより

『ニシノユキヒコの恋と冒険』 井口奈巳監督

 元々、川上弘美の原作小説のファンだった私としては、この作品の主人公「ニシノくん」を演じるのが竹野内豊ってのは、正直ちょっと違うんじゃないかなあと不安に思っていたのだった。

 ニシノくんは、特にイケメンってわけでも三高(古いか……)ってわけでもないのに次々に女にモテてしまうキャラクター(セックスは上手らしい)。飄々としてるくせに愛さずにはいられない憎らしい男ってものに対し、そもそも竹野内はイケメン過ぎてモテる理由はひと目でわかってしまう。それと、川上弘美の描く、文系で物静かな世界と、竹野内のワイルドでビーチボーイズ(古いか……)な雰囲気は、全然合わない気がしたのだ。が、しかし。

 今作は、原作同様、幽霊モノである。映画のはじまりからニシノくんは既に不遇の事故で死んでしまっていて、彼の過去の女性遍歴を振り返るストーリー(なので、ある意味立派なホラー映画でもある)。

 彼を取り巻く主な7人の女性が登場し、繰り返されるその出会いと別れ。なんてことない話なはずなのに、それを見ているうちに、ああああ、もう、これは、という、一度でも下らない恋愛をしたことのある女にとってはたまらない感情に苛まれてしまうのだ。ニシノくん、私の近くにもいた。っていうか、まだまだいる。

 興味のない人間からしてみると「何がいいの?」と思うかもしれないけど、自分にとっては、これ以上なくツボを押さえてくる男。会いたい時に来てくれて、突然家に行ってもとりあえず入れてくれて、やりたい時にやってくれて、別れたい時に別れてくれる。最高だけど、ニシノくん的男は、それを、女性全般への優しさ、と勘違いしていろんな人に実践してしまうから、最終的には「私じゃなくてもいいんでしょ」と振られてしまう。でも本人は純粋に優しさのつもりだから、いつもわけがわからない。

 こういう男は、確かに、特にイケメンじゃなくても猛烈にモテたりする。だって、優しいんだもの。そのうえセックスもいいんだもの。でも付き合っているうちに、本当にただ優しいだけで、愛じゃないんだと虚しくなってくる女ごころ。

 これは、監督が女性だから描けたニシノくん像だと思う。これを見た男性客は、多分、ニシノくんが何故モテるのかという謎を通り越して、怒るんじゃないかなあ。特に自分がモテない男は。どうせ竹野内イケメンじゃん、とか、BMW乗ってるじゃん、とか(モテない男ってのは、女の気持ちがわかってないどころか、自分のことしか考えられないアホってことに尽きるんじゃないかと)。でも、そういうことじゃないんだよー、ってのは、女にしかわからない気がする。で、こういう男に振り回されて、結果、いろいろ辛かったけど、お葬式には爽やかな笑顔で参列してしまう女たちよ。

 そういう、川上弘美レベルの力量でもない限りなかなかうまく言葉にできない感覚を、この映画は説明的なセリフじゃなく、ニシノくんの行動や発言で見事に表現しているうえ、それを竹野内が自分のビジュアルに頼ることなく(もちろんチラッと映る腹筋はその辺の一般人とは全然違うんだけど)、女を(一見)大切に扱うひとりの男として演じ切っていて、見る前はまったく竹野内ファンでもなかった私が、見たあとは、うん、馬鹿を見るとわかっていてもニシノくんに抱かれたい、一瞬でもこういう男と時間を過ごしていい心地になりたい、と思ってしまっていたからすごい。

 それまでニシノくんに対して良い印象を抱いていなかった職場の上司(演じるのは尾野真千子)が、さりげなくニシノくんに前髪を直されたときの表情、そんなキャラじゃないのに職場でイチャイチャしてしまう勢い、そして自分よりうんと若くて可愛らしい彼の元カノ(演じる本田翼のウザさも素晴らしい)と会ってしまった時の行動、それが恋以外のなんであろうか、ってこと。

 井口監督は、前作『人のセックスを笑うな』(08年)でも、見ている者をこれでもかってくらいキュンキュンさせる、歳上女と若い男(永作博美&松山ケンイチ)のラブストーリーを描いてみせたが、今回は、そのキュン度がさらに研ぎすまされている。ニシノくんはもう存在しない相手であって、一生成就することは不可能な恋だが、悲恋に浸らず後味の良い映画に仕立てられている。もう二度と会うこともセックスもできない惚れた相手を思い出しながら、満たされた気持ちになる。とても貴重な恋愛映画だと思う。

 そしてとにかく、これは見たあと「ニシノユキヒコの恋と冒険」について誰かと喋りたくて仕方がなくなる映画でもあるので、是非みんな公開中に駆けつけてほしいし、こういうダメ男について大いに好き放題語り合ってほしい。男にはそっちのほうがホラーだろうけど。

■gojo /1979年生まれ大阪出身、立教大学社会学部社会学科卒。2005年より自身のサイト「gojo」にて映画日記を執筆、2010年には蓮實重彦、黒沢清『東京から 現代アメリカ映画談議』(青土社)の出版記念トークイベントにてインタビュアーをつとめた。「森﨑東党宣言!」(インスクリプト)に寄稿。gojogojo.comで映画日記を更新中。

【ニシノユキヒコの恋と冒険】
http://nishinoyukihiko.com/

gojo

1979年生まれ大阪出身、立教大学社会学部社会学科卒。2005年より自身のサイト「gojo」にて映画日記を執筆、2010年には蓮實重彦、黒沢清『東京から 現代アメリカ映画談議』(青土社)の出版記念トークイベントにてインタビュアーをつとめた。「森﨑東党宣言!」(インスクリプト)に寄稿。gojogojo.comで映画日記を更新中。

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