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社会において「父」は絶対か? すべてを奪う父親の暴虐~中村珍『誰も懲りない』~

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中村珍『誰も懲りない』太田出版

中村珍『誰も懲りない』太田出版

 世に「毒母」という言葉が浸透し、毒になる母親の存在が、一部の世間でとはいえ認知されるようになって久しいと思いますが、毒になる父親の存在は、どうでしょうか。世の中には、毒母と同等の、もしくはそれ以上の害を子に及ぼす父親、というのも、存在することを私は実体験から知っています。しかし、父親の害を言語化するのは、母親の害を言語化するのと同じく、難しい。

 創作物に触れるということは、自分の経験を自分なりに言語化するヒントをいただくことでもあると思います。中村珍さんの『誰も懲りない』(太田出版)は毒になる父親がどういったものか教えてくれる傑作であり、私はこの作品から、自分の父との関係を言語化するヒントを沢山いただいています。

 『誰も懲りない』の主人公、藪登志子(やぶ・としこ)をひどい目にあわせるのは、父親のみならず、近親者全員です。いわば精鋭の毒親族が勢ぞろいしたドリームチーム、それが登志子の近親者です。本書では、藪家に関わるメンバー全てが登志子に危害を加えるわけですが、私はその中でも父親の徹朗と祖父が登志子に与えるダメージに注目したい。男親(母親の父親である祖父も含む)が子に与える危害というのは、女親が与えるそれとは、また違った壮絶さがあると思うのです。

「父なるもの」の仕事

 アダルトチルドレンの分野で著名な精神科医の斎藤学は、著書『インナーマザー あなたを責めつづけるこころの中の「お母さん」』(新講社)にて、「父なるもの」の仕事には3つあると述べています。一つ目は、「この者たちに私は責任を負う」という家族宣言をすることによって、自分の家族を他の家族から区分する、「社会的父性」の宣言。「妻や子が雨露に濡れることから防ぐ屋根の役割」といってもよいそうです。二つ目は、是非善悪を区切り、ルール(規範)を守ることを家族メンバーに指示する仕事。そして三つ目は、母子の癒着を断つこと(pp. 35-36)。

 ちなみに、「一人の母が『母』の役割を果たしながら、しっかり『父』の仕事をしている、という場合もあるでしょう。家によっては、夫が『母』をやり、妻が『父』の仕事をこなすでしょう。(p.38)」と斎藤さんも書いておられる通り、「父なるもの」というのは、親の役割の要素のことであって、この稿では、父=男親のことではないので、ご注意ください。

 『誰も懲りない』では、登志子の母親・芳子が、若い男と不倫します。それを知った徹朗は、芳子と芳子の母・おばあくんを家から追い出します。徹朗との暮らしに耐えかねた登志子もその後を追い、芳子とおばあくんの元に身を寄せます。登志子の弟・伸治郎は徹朗の家に残ります。これら一連の出来事を通して、『誰も懲りない』では、登志子の男親である徹朗が、「父」の持つ力を行使して、登志子を追い詰める様が描かれるのです。

「父」による強奪

①  「社会的父性」の宣言。「妻や子が雨露に濡れることから防ぐ屋根の役割」

 「父」には「社会的」な役割があり、それが「妻や子が雨露に濡れることから防ぐ屋根の役割」を指す、ということは、逆に考えれば、「父」(注:この稿では以下、「父」は「父なる役割を果たす者」を指します。父=男親という意味ではありません。)は、その気になれば、子の社会的な立場、そして、雨露を防ぐ屋根(建物としての家)を取り上げる力を持っている、とも言えると思います。『誰も懲りない』ではこの「父」が社会的な力を行使して子から社会的基盤を奪う様が、鮮やかに描かれます。

 徹朗は、芳子・おばあくん・登志子を追い出した後、「お前たちが勝手に鍵を開けて入ってきたらたまらないからな/用心しないといけない(p.168)」と、家のドアを付け替えます。芳子・おばあくんのみならず、実娘である登志子まで家から締め出す。これは、徹朗が、登志子に対して「俺はお前の『父』としての役割から降りる」という象徴的、かつ、実際的な宣言になります。こうして登志子は、文字通りの「雨露を防ぐ屋根」である、自分が生まれ育った家を失います。

 家を出る際、登志子は銀行のカードも保険証も財布の中身もすべて徹朗に取られ、お金がないまま新生活をおくるハメになります。しばらく経って高熱を出した登志子は、徹朗に電話をかけて保険証を借りようとしますが、徹朗は「そういうわけにはいかないな……他人の子にそんな大切な物を貸して金でもかりられたらたまったもんじゃないからな……(p.90)」と、要求を拒否。

 その後、徹朗の姉に迫害を受け、登志子は熱心に活動していた部活を退部、さらに、高校も中退します。それ以降、登志子はそれまでとは違う苗字を名乗るようになります。

 このように、「父」の力を持った者がその気になれば、子の社会的基盤を奪うことなどたやすいことで、子は家、健康保険などの社会保険、ペットや弟など家族、学歴、さらには名前まで剥奪される、ということがよく分かります。登志子は徹朗によって、社会に丸腰で投げ出されたかたちです。

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大和彩

米国の大学と美大を卒業後、日本で会社員に。しかし会社の倒産やリストラなどで次々職を失い貧困に陥いる。その状況をリアルタイムで発信したブログがきっかけとなり2013年6月より「messy」にて執筆活動を始める。著書『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』。現在はうつ、子宮内膜症、腫瘍、腰痛など闘病中。好きな食べ物は、熱いお茶。

『失職女子。 ~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで(WAVE出版)』

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