家庭内ルールは裁かれない
② 是非善悪を区切り、ルール(規範)を守ることを家族メンバーに指示する仕事
父親の仕事には「ルール(規範)を守ることを家族メンバーに指示する」ことが含まれている。とするならば……考えてみてもください。父親が社会的な常識を逸脱し、独特な価値観を持つ人間だった場合を。父親が、独りよがりで、被害妄想で、レイシストだったり、女性や子供を差別する価値観の持ち主だった場合を。父親が、有り体に言って、ストーカーだったり、サイコパスだったり、犯罪者スレスレの価値観を有する場合を。
つい先日もTwitterで、「透明人間の殺人鬼に注意」という長文が書かれた張り紙がベタベタと門扉に貼り付けられたお家の写真が流れてきました。このツイッター写真の真偽はともかく、こういうちょっとおかしい家、誰でも見たことがあると思います。想像してみてください。こういう「ちょっとおかしい家」が、自分の両親が暮らす実家だった場合を……!
独特の価値観を有する父親が決めたルールを守るよう強要される暮らしとはどういったものかが、本書ではよくわかります。
徹朗は、自分の勝手な価値観の押し付けであるルールの強制を、かなり徹底して行っていました。登志子は子供の頃から「黒人とSEXなんかしたら承知しないからな(p.6)」などと言う徹朗の身も凍るようなルールとも脅しともつかない発言を浴びせられて育ちます。
犬が大好きだった登志子は、「60日間いい子にしていたら犬を買ってあげる」と言われ、「60日でポメラニアン!!」と書いた表を作成して壁に貼っていました。いい子にしていた日数を塗りつぶし、それが60日に達したら、犬を買ってもらえるという寸法です。けれど徹朗は、彼女が子供向けのキャラクターの絵がついたメモ帳を父に渡したり、ご飯を美味しそうに食べていなかったというだけで、「もっと相手の心を慮れる人間になりなさい(p.6)」と登志子を叱り、壁の表を破り捨てるのでした。
このエピソードからも、「父」の価値観がおかしいと、家に敷かれるルールもおかしいものになる、ということがうかがえます。けれど、どんなにおかしいルールでも、家の外からはその奇怪さがわからないのが家庭内ルールというものです。日本社会では、「父」が施行したものである限り、それを守らない子のほうが悪いとみなされてしまうことが多く、価値観のおかしい「父」をもった子の人生を、さらに生きづらいものにしているのです。
実父による性的虐待
最後に、男親が人格破綻者だった場合、女親がそうだった場合と決定的に違うのは、子供の間は暴力ではかなわないし、性的虐待を受ける可能性も高い、という点だと思います。登志子は中学に上がる頃には「おいゴミみたいな女/お前みたいな人間のクズ生かしているだけで有り難く思え(p.26)」と徹朗に罵られ、殴られるようになります。父の足元で床に転がり、仰向けになって血を吐き捨てる登志子。
世間では、継父よりも、実父による性虐待のほうが、多いと聞きます。ネタばれになるので、詳しくは書きませんが、本書ではその弊害も描かれます。
さて、私の文章からは、徹朗はどんな恐ろしげな外見をしているのだろうと思われるかもしれませんが、徹朗は見た目がよく、父親参観でも登志子の級友を羨ましがらせるような男性です。
徹朗の見た目の良さは、『誰も懲りない』で紹介される「父」のエピソードから感じる恐ろしさを倍増させています。外部からは、一見優しそうな徹朗がこんなとんでもない「父」だとは絶対分かりません。そんな徹朗と同じ家で暮らす芳子や登志子の苦しさなど、誰に想像が付くでしょうか。
社会を体現する「父」と価値観が相容れない子は、母親と価値観が違った場合に比べて、「反抗的」「反社会的」とされることが多いと思います。そこに加えて徹朗には外見の良さまであるので、世間を味方に付けやすい。世間の評判では、不倫した芳子は「あばずれ」に、登志子は「高校を中退した不良娘」となり、真実は「藪の中」となります。日本にはどれだけの芳子さん、登志子さんがいることでしょうか。
斎藤学が挙げる「父なるもの」の三つ目の仕事である、「母子の癒着を断つこと」を想起させる、登志子の弟・伸治郎の誕生日プレゼントにまつわるエピソードも本書では描かれます。徹朗の残酷さに身震いがおこるエピソードです。
『誰も懲りない』では、間違った価値観で家族を支配する男と、その男に耐え切れなくなった子や妻が男によって社会的基盤や生活基盤を剥奪され、じわじわと人間性まで奪われてゆくリアルで恐ろしい物語が描かれます。日本中の芳子さんや登志子さんに読んでもらいたい作品であり、「父」による危害をなかなか言語化できずに苦労されている方にもぜひご一読をおすすめしたい作品です。
■大和彩/大学卒業後、メーカーなどに勤務するも、会社の倒産、契約終了、リストラなどで次々と職を失う。正社員、契約社員、派遣社員など、あらゆる就業形態で働いた経験あり。
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