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誰もが逃れられぬ「肉体」を見つめる~ホドロフスキーとダガタとジョーンズに見る、現実と虚構考

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ジョーンズのファンタジー

 ギャラリーを後にして外へ出ると、いつもの渋谷の猥雑な街路を、馬鹿馬鹿しくなるような晴天の太陽光が照らしている。往来を歩く人々の群れから生気が消え、亡者の行進のように見える。私の人生も薄らぼんやりしている。白昼夢感がぐっと強まる。

 ダガタの写真の被写体たちこそが、現実を生きていると、自分の現実を前に考える。先ほど観た闇の人々の方が、死に近い分だけ、強烈に生きている。だから生命は儚くも切なく、美しい。白昼夢感にかまけてぼんやりしている場合ではない。死や闇なくして生も光も存在し得ない。両者をしっかり抱いて、熱烈に生きていけ。

 一人、自らを鼓舞しながら、しかし夢遊病患者のようにふらふらと歩き、シネマライズでスパイク・ジョーンズの新作映画『her 世界でひとつの彼女』を観た。順番を間違えたかもしれない。感受性を惜しみなく握りつぶすダガタの後では、可愛らしくも切ないと評判のラブストーリーを冷静に鑑賞できないのではないかと考える。

 しかし、そこはさすがのスパイク・ジョーンズ。彼の作品はMVも映画も多数拝見して来たが、ここに来てますますエンタテインメント演出の腕をあげ、キャスティング、脚本、衣装、あらゆるビジュアルの色合いやデザインの美しさの安定感には刮目するものがあった。

 肉体を持たないAIとの恋愛を描いた内容自体は、いかに新しい技術をフィーチャーしようとも、主題が男女の恋愛感情や距離感であることに代わりはない。普遍的なラブストーリーであり、良い映画だなと思う一方、個人的には、ほっこり、じんわり、切なくて、キュートな、普遍的なラブストーリーがそもそも好きではないので、感情移入することはなかった。

 さらには、やはりダガタのインパクトのせいで、動物虐待の悲惨なニュースを見て、動物たちの命を思い、大切にしようと考えた直後に、かわいらしいワンちゃんやらネコちゃんやらがほのぼのと戯れるペットショップのCMが流れたかのごとくのギャップを盛大に味わい、これはこれで白昼夢っぽいと考える。

 ペットの命やそれを売るシステムとは何か、について考え始めると本筋からずれるので棚上げする。話を戻すと、ダガタのひりひりする現実が強烈すぎて、悪や闇を描かない『her』をファンタジーとして捉えた感がある。映画ははなから虚構だが、誰もが味わったことのある恋愛の感情や心の機微が、より非現実的なエリアへと遠ざかっていく喪失感を覚える。

 私にとっては、恋愛感情よりも死や闇の方が「生きる」活動に近いのだと、改めて自分を知る。観る順番が逆であれば、おそらく異なる印象を抱いたことだろう。しかし、両者は人間の生や性、愛やコミュニケーション、短い人生の過ごし方など、土台の俎は同じである。異なる解釈と、現実と虚構の差異を、一挙に浴びることができたことは美しい体験だった。

 特に、肉体について考えさせられる。AIの恋人は肉体がない。生命と声と思考と感情はある。ダガタの被写体たちは人間という生命を肉体の檻で持て余す。心身ともに傷つけられ、血にまみれた娼婦は、肉体を捨てたいのではないか。絶望する彼女たちは、肉体のないAIとして生きた方が幸福なのではないか。AIの女という生命を、希望をもって歓迎する女もいるのではないか。

 肉体がなく、しかし生き、恋をし、人生を謳歌するという状況は、ある意味、羨ましいものではないか。人の肉は老化し、腐り、時に血と内蔵を垂れ流し、消滅する、使い捨ての器だ。AIはバグや機械の故障で死滅することはあっても、恐怖や痛みや醜さと真っ向から対峙するがゆえに抗い、強烈に生きようとする人の死生観ほど生臭くはない。

 一方、AIの彼女は、形を得たいのか。それが男たちに陵辱され、HIVに感染し、目も虚ろなまま死期を待つ宿命を授かっていたとしても、肉体が欲しいのか。体も心も空っぽの容器になりたいと切望する六月、AIの無形で無臭の女という存在を羨ましいような、恨めしいような目で眺めながらも、闇に正対して光を見いだす人間の生命を、ひりひりと、味わい尽くして死んでやろうと考える。

■林 永子(はやし・ながこ)/1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、MVを中心とした映像カルチャーを支援するべく執筆活動やイベントプロデュースを開始。現在はライター、コラムニスト、イベントオーガナイザー、司会として活動中。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。