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男女の顔面偏差値は平等ではない問題→実は焦点は容姿ではない?

【この記事のキーワード】

「女性では西川史子先生が毒舌キャラで有名ですけど、西川先生もかなり痛々しい瞬間がありますもんね」

武 「ブス」という非難が生まれるときは、そもそも容姿だけが問題になってないな、とも思うんですよ。目の前に容姿に恵まれていない人がいるからといって、そのことだけで苛立って「このブスが! 消えろ!」ってキレてる人がいたら、危ない人ですよ。通院した方が良いと思います。ブスって言われている人は大抵、性格が悪かったり、仕事ができなかったり、なにかしら人を苛立たせる本質的な要素をお持ちなのです。問題の人を非難する際に、本質的な要素を口に出す前に表面的な要素である「ブス」が出てくる、と。

「どこかの職場でウザいオッサンが、頭頂部が薄いがゆえに『あのハゲ!』とオッサン不在の飲み会で罵られる現象と一緒でしょうか。『ハゲだから嫌い』なのではなく、『嫌いな人の特徴を罵っている』構図ですね」

武 ハゲていることがウザいわけではないですからね。「ブスのくせに厚かましい」、「ブスのくせに目立ちたがりでウザい」みたいな非難の言葉も、実は因果関係は逆で「ブスだからウザい」わけじゃない。ウザいからブス呼ばわりされるのです。極論を言えば、無害なブサイクは存在しない、とさえ言えるかもしれません。

値踏みをするのは常に男

武 久保ミツロウさんの話に戻りますと、この方、キレイな方じゃないですか。それを「ブス」と罵倒した石野卓球は、よっぽど彼女の何かを嫌いだったのかもしれませんし、ファンが擁護するように「キャラ」として余計な発言をしただけなのかもしれません。

「そういう毒蝮三太夫的なキャラだとしても『クソババア』『マジギブ』『ドブス被害中』まで言うのは余計すぎると思いますけどね。本気で嫌悪感を覚えたならTwitterで書かずに業界関係者に愚痴れば良い話で」

武 それから、外見の評価に関して、男→女がアリで、女→男がナシというは、社会的な性の役割が関係しているように思います。値踏みをするのは常に男性の側である、と。

「それはありますね。『ユリイカ』(青土社9月臨時増刊号イケメン・スタディーズ特集でも、西森路代さんが“対象化する性と対象化される性”が当然のように分断されてきた時代背景に言及しています」

武 女性ファッション誌を見てみると、男性からの評価を気にされている記事が多いですが、男性ファッション誌で、男性のファッションをチェックしているのは男性のスタイリストさんです。女性の視線がメインではない。

「なんだかホモソーシャルなにおいがしてきました。とはいえ最近では、女性からの好感度を高めるための“愛され系ファッション”を推薦する男性ファッション誌の企画もままありますよ」

武 それはまた別の機会に考察していきましょう。で、安い居酒屋で大学生の男子が「あのブス、ホントイラつくよな〜」と盛り上がっている感じってまさにホモソーシャルの塊ですよね。私は男であるため女子会に出席したことがないから知らないですけれど、ブサイクな男子の話題で盛り上がりますか? 女性の場合、そういう攻撃的なことを言わない、というのを求められている部分があるのでは?

「わたしはキモい男子ランキングとか、男が遅漏だの早漏だのチン毛が長いだのの話で盛り上がりますけど……」

武 それ、「女子は怖い!」って2ちゃんねるで叩かれる案件ですね……。話を攪乱しないでもらえますか。

 結論。私の見解としましては、「ブス」「ブサイク」という言葉の含む意味は単純に顔面偏差値の高低を示すものではないゆえ、「顔面偏差値は男女平等ではない」という仮説は成立しません。それ以外の「自分にとって好ましくない要素」が、「ブス」という表面的かつわかりやすい罵倒に代替されているだけなのではないでしょうか。ゆえに、これは男女共に言えることですが、美醜についての罵声を浴びたとしても「本質はそこではない」と捉えた方が良いと思われます。

■カエターノ・武野・コインブラ /80年代生まれ。福島県出身。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra