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フェミニズム批判から「女性が輝く日本」を考える

【この記事のキーワード】

 ここでひとつ海外のフェミニストの声を紹介しましょう。

How feminism became capitalism’s handmaiden – and how to reclaim it

 こちらはイギリスのガーディアン紙のウェブ・サイトに寄せられた、ナンシー・フレイザー(政治学者/フェミニスト)による記事です。タイトルを直訳すると「いかにしてフェミニズムは資本主義の女中になったか、そしてフェミニズムを取り戻す方法」。記事の内容は「女性解放」を目指していたフェミニズムがいかに経済に取り込まれていった経緯を整理しながら、フェミニストの再出発を呼びかけるものです。以下、記事の要約を。

フェミニズムはもともと「ジェンダーが解放されて、社会のつながりが強い社会」と「男性同様に個人としての自立や、実力が認められる社会」のふたつの実現を目指していた。しかし、前者の社会主義と、後者の利己主義は相反する価値観をもっていて、複雑だった。

現在はこの微妙な状態が解消されている。それは後者の将来像ばかりが注目され、社会のつながりのほうはあまり表にでてきていないから(みんなで助け合って暮らしていこうよ! と言わなくなって、成功した女性投資家を『スゴい! これが輝く女性!』と褒めてばかりいる)。

しかし、これは新しい搾取を生んでいる。「女性の実力が男性と同じように認められますように!」と言うフェミニズムの提言は、弱肉強食的で「困っている人は自分が弱いから困ってるんでしょ? それ自己責任じゃない?」と突き放す新自由主義(ネオリべ)と同調しているから。しかも、ネオリベにフェミニストが騙されているわけじゃなくて、フェミニズムの主張そのものが搾取の正当化に加担しているのが問題。

まずフェミニストによる「男が一家の稼ぎ手で、女は家のことをやれ」という旧来的な理想の家族像の批判が良くない。現在、たしかに女性も働くようになったけれど、低賃金のサービス業や工場労働ばかりで、都合の良いように女性の労働力が動員されているだけ。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra