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ハート・ウォーズEP1 ハートフル・メナス-共感過剰にご用心!

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(C)柴田英里

 「恋人がいれば幸せかも」→「恋人さえいれば幸せになれる」→「恋人がいないことは不幸である」このような思考法は、世間ではわりとポピュラーなものとして受け取られているように思う。

 先日、渋谷で遅めの昼食をとっていたところ、隣の席の20代半ばだと思われる女性2人組のうちの片方が、何度も「今は勉強が大変だし、充実しているから彼氏はいらない。」という相手に対して、「どういうタイプの男が好きなの?」「あんたのクラスメイトの男か私の男友達の中で一番好みの奴選んでよ、合コンセッティングするから!」「本当は1人って絶対寂しいはずだよ~、夏だし」「私は彼氏に本当に感謝しているし幸せ!」などと、相手の疲弊した表情などお構いなしに引きも切らずまくしたてていて、隣の席で食事をする私までどっと疲れてしまった。

特別視される一対一の異性愛

「恋愛は素晴らしい」

 それは非常にしばしば言われることであるが、世の中には「不愉快で苦痛しか得られない」と思うことに喜々として取り組む人間などそうそういないので、「恋愛は素晴らしい」と思う人間にとっては、恋愛は確かに「素晴らしいと思えるに値するもの」なのである。しかし、自分にとって「素晴らしいと思えるに値するもの」が、この世のすべての生物にとって望ましく尊いわけはない。絶対にない。

 「恋人が欲しい」と思う人が恋人を得られないことは切ないことであるが、「異性の恋人がいない」人には「同性の恋人がいる」かもしれないし、「特定の恋人を得ることよりも、不特定多数の相手と関係をもつことこそが幸せ」という人だっているであろう。トラウマや自尊心の欠如によって「自分は幸せになってはいけない」と思い込んでいる訳ではないけど「恋人はいらない」「今は恋愛よりも優先させたいことがある」と思っている人だって当然いるはずだ。

 にもかかわらず、『一対一の異性との恋愛関係』だけを特別な関係性であると信じたい人は不思議なことに多くいるし、「特定の恋人を得ることよりも、不特定多数の相手と関係をもつことこそが幸せ」や、「恋人はいらない」「今は恋愛よりも優先させたいことがある」といった欲望は、人としてどこか欠損している、自堕落で無気力で望ましくない【人と正しく関わりたくないという欲望】であると断定したい人たちも少なからずいる。

 そもそも、【人と関わりたいという欲望】と、【人と関わりたくないという欲望】では、前者の方が、清く・正しく・美しく・強い欲望であるとされがちだが、それでは、【人と関わりたくないという欲望】は、汚く・間違い・醜く・弱い欲望なのだろうか?

 それに、世の中には「恋愛関係」以外の関係性は数多にあるにも関わらず、「恋愛関係」だけを素晴らしく尊い【人と正しく関わりたいという欲望】として扱うことは、ひどく短絡的であるように思うし、【誰とも関わりたくないという欲望】を持つことだって、個人の自由である。

 「自分が良いと思うもの」を他者に無理矢理押し付けることほど傲慢なことはそうそうないし、「あなたのため」という言葉ほど、自己の欲望を正当化して他者に押し付ける場合に都合良いものもない。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」