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ハート・ウォーズ EP4 指原莉乃とオッサン/ブス差別撤廃への希望

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ブスもブサイクも生きやすければ…

 こうした感想をTwitterでつぶやいたところ、

・単純なヘイトスピーチ、いくら言葉を並べても「ブスババアマンコだまれ死ね」以外の主張はない。
・  「どうせ親しみやすさのないブサイクは差別するんだろ、自己中の偽善者」などと論点をずらしているだけ。
・  「お前の心根と視点が悪い」というような視点そのものの批判。

 など、大きく分けて三つの批判リプライを受けた。

 ヘイトスピーチに関しては、「この世の女は全てオレを欲望しており、オレが欲望できない女やオレを欲望しない女はクソである」というような単純明快な差別感情を垂れ流すことを恥としない一部の風潮には驚きを禁じ得ない。

 論点ずらしに関しては、『逆転力』には男性の容姿の話が出てこなかったので述べなかっただけであるし、根拠もなく「ブサイク差別者」と断定されることは心外である。

 視点そのものの批判に関しては、相手の視点そのものの批判はそのまま発言者の視点の自己批判にもなり得る。こうしたやりとりは長期の不毛な空中戦になるだけなので、議論に胆力を割きたくはない。

 当然のことながら、「親しみやすさのないブサイク」も幸せに生きる権利があるし、男性の方が化粧やファッションで「盛る」文化すら抑圧されている現状に閉塞感を感じている人も相当数にのぼるであろう。

 であるからこそ、「親しみやすさのないブサイクも親しみやすさのないブスも平等に害悪とする社会」よりも、「親しみやすさのないブスも親しみやすさのないブサイクも生きやすい世界」の方がずっと良いと思う。そして、「親しみやすさのないブスが生きやすい世界」は、「親しみやすさのないブサイク」にとっても生きやすいはずだ。

 同時に、「親しみやすさのないブスについて思うこと」=「ブスの僻み」ととらえられ得ること自体が、「ブスの思考に価値なし」「愛想と従順さのない女=ブス」という構造を示している。

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柴田英里

現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。現在、様々なマイノリティーの為のアートイベント「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」の映像・記録誌をつくるためにCAMPFIREにてクラウドファンディングを実施中。

@erishibata

「マイノリティー・アートポリティクス・アカデミー(MAPA)」