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食欲の秋、料理漫画の「おいしい根拠」に萌える!

【この記事のキーワード】

 その「だし」だが、一体、何のだしだ。昆布か、鰹節か、アゴか、それぞれの混合か。砂糖にも酒にもしょうゆにも油にも種類がある。どのような材料を、どう使えば、レシピ主がお薦めする「絶対のおいしさ」に到達できるのか。続く「つくり方」も決め手に欠ける。

①   れんこんは皮をむき、薄い輪切りにして、酢水(分量外)につける。

②   鍋にサラダ油を熱し、水気をきったれんこんを炒める。種を抜き、小口切りにした赤とうがらしを加え、さらに炒める。

③   だし・砂糖・酒・しょうゆで味つけをし、汁気がなくなるまで炒める。

 れんこんの成分とだしの成分の分子反応。200gのれんこんの灰汁を抜くために必要な酢の分量。汁気がなくなるまで炒める際の火力と時間と鍋の素材の熱伝導率。鍋の素材、大きさなどの基準が見当たらない。それぞれの環境に合わせて、お好きにどうぞ、という緩い設定ではなく、個人の感覚や嗜好によって捉え方が異なる味の解釈でもなく、「絶対おいしいと言い張る根拠」を提示してほしい。

 調理主の「程度」や「解釈」に調整を委ねる他力本願な姿勢で、「絶対」などと迂闊にも口にするものではない。と、杓子定規に考えてしまうのは、単純に私の性格と思考癖の問題である。加えて、おいしさの解釈以前に、調理法の根拠、理屈に、必要以上に盛り上がってしまう性分も影響する。

料理漫画偏愛

 うどんを茹でるために大鍋を必要とする理由はすでに広く知られている。うどんは、小麦粉に塩と水を加えて練る際、小麦粉の中のグリアジンとグルテニンという二つの蛋白質が結合し、腰の決め手となるグルテンが生成される。茹でる時、塩がお湯に溶け出し、塩の抜けたところに水分が入り、麺の外側と内部の温度、茹で加減が安定する。

 その工程において、少量の沸騰したお湯を使用すると、塩分濃度が高く、お湯に抜け切らず、水の入りも悪くなる。時間をかけて茹でれば、麺の表面のでんぷん質のみが溶け出し、舌触りが悪くなる。大鍋にたっぷりのお湯ならば、麺を入れても湯の温度がさほど変わらず、激しく対流して表面を傷つけることもなく短時間で茹で上がる。ちょうど良い温度は沸騰寸前の98度。その温度に保つことができれば、差し水もいらない。

 上記のウンチクは漫画『美味しんぼ』(小学館)などの料理漫画で知ったものだ。私が中高生の頃は、インターネット環境がなく、「なぜ、うどんは大きな鍋で茹でなければならないのか」といった素朴な疑問を手軽に調べるツールが、少なくとも私の身の回りにはなかった。

 家族に聞いても、「そう書いてあるから」とのことで、「だからその根拠を教えてくれ」というと、料理の化学的・物理学的根拠や食品栄養学などの詳細を記した、分厚い専門書を手渡されるのみだった。そんな、一般的には縁遠い専門知識を子供にも分かり易く、エンタテインメントとして楽しく教えてくれた料理漫画は、当時は有り難い情報収集減だった。

 以降、様々な趣向の料理漫画を愛読し続けて今に至る。1983年から現在も連載続行中の『美味しんぼ』は徹底調査系の先駆けだ。原作者の雁屋哲氏は、素材や調理道具、おいしさの根拠だけでなく、食生活と文化の実態に迫る取材を自ら行うスタイルを貫いている。最近は、福島第一原発事故による福島産の食品の安全性を問い、物議を醸したことが記憶に新しい。

 その『美味しんぼ』に影響を受けたというラーメン評論家の石神秀幸氏が原作協力した『ラーメン発見伝』(小学館)は、ラーメン屋を目指して夜な夜な屋台を引く主人公が、ありとあらゆる種類のラーメン作りにチャレンジする。こちらも麺の加水率やだしの素材の成分、配合などの詳しい数値を明記。

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林永子

1974年、東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学映像学科卒業後、映像制作会社に勤務。日本のMV監督の上映展プロデュースを経て、MVライターとして独立。以降、サロンイベント『スナック永子』主宰、映像作品の上映展、執筆、ストリーミングサイトの設立等を手がける。現在はコラムニストとしても活動中。初エッセイ集『女の解体 Nagako’s self contradiction』(サイゾー)を2016年3月に上梓。