性犯罪=性欲の暴走ではない
また、本書が指摘する刑事司法の問題と、松島法相の過去発言の問題には共通点があります。実はここまで紹介した刑法や政策の歴史は、本書の前菜部分に過ぎません。メインになっているのは、連続レイプ事件加害者への取材と供述、裁判記録などの分析です。ここから筆者は、いかに刑事司法が男性中心的な論理で構築され、実態のともなわない被害者保護がおこなわれているかを指摘します。なかでも問題とされるのは、性犯罪が「性欲の過剰や抑圧によって生じるもの」と単純化されて処理されていることです。
加害者本人が否定していても、性欲という「本能」の過剰や抑圧によって、レイプしたいという欲望が生まれている、という物語が設定され、その物語のもとに、警察の捜査や取り調べ、裁判は進められていく。実際の犯行理由は一切問われることなく、加害者もその物語に乗ってしまったほうがスムーズと考え、自分がおこした罪を本当に反省する機会すら奪う。性犯罪を裁く刑事司法のこのような空虚を著者は厳しく追求しています。
松島法相が主張した「うそ発見器みたいな形のイメージ」によって性犯罪者の更生の度合いを図ろう、という考えもまた、性犯罪の動機を性欲と単純に結びつける思考の一端でしょう。しかし動機の実態は、そうした単純な物語から大きく離れている可能性があるわけです。ここの想像力が欠如したままでは、加害者の厳罰化や被害者保護を進めることは可能でも、性犯罪のメカニズムを解明し、犯罪を未然に防ぐための適切な治療や対処法には発展させることができません。
厳罰化や被害者保護は、あくまでも対処療法であり、本当に望むべきは性犯罪事態を減らすこと、無くすことだ、と本書では語られています。松島法相のように、性犯罪者へ厳しい罰を与えようという正義感は勇ましいですが、根本的な問題が理解されずに法律が改訂・運用されたとしても望むべき将来はやってこないのです。
つい先日Web上で話題になった田房永子氏による「どぶろっくと痴漢の関係」という記事でも、本書は痴漢の思考回路を考察するなかで「最強の名著」として本書が紹介されていますが、この深刻な問題提起は広く認知されるべきと思います。松島法相の発言に「ムムッ」と思った方々には、是非手に取っていただきたい。
■カエターノ・武野・コインブラ /80年代生まれ。福島県出身。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。