連載

妊娠・出産・育児のありふれた感動を伝播させる川上未映子の力量

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 小説家、川上未映子と阿部和重が結婚したことは私にとって驚きだった。かたや歌手や詩人、女優としても活動する女性作家、かたや非常に大きなスケールの小説世界をもち、しかもエンターテイメント性も飛び切り高い男性作家。この組み合わせは、日本の文壇でも気鋭の才能と評価されてきた作家同士であり、しかも、どちらも(あくまで作家の範疇では)容姿に恵まれていた。

 たとえが適切かどうかはわからないけれど、日本の文学界を知っているものにとって、このカップルは、三浦友和×山口百恵、あるいは唐沢寿明×山口智子の組み合わせのようなインパクトがあった。要するにビッグ・カップル誕生のニュースだったのである。

 その川上が今年刊行した『きみは赤ちゃん』(文藝春秋)は、2012年の長男出産をめぐる妊娠・育児エッセイだ(前半の妊娠発覚から出産までの経緯は、Webサイトでの連載をまとめたもの。後半の出産から1歳を過ぎるまでを綴った部分は書き下ろし)。このエッセイ自体、私は虚を突かれた思いだった。「川上未映子みたいな作家が、妊娠・育児エッセイなんか書くのか?」と。

 書き物の性質としては、それはあまりに「女性性」が露骨であるし(男性が書くその種の文章の『売り物性』もあるけれど)、川上はそういうものにアゲインストしてそうな印象があったからだ。激しい言葉や強い言葉は使わないけれど「女性」という生き物の社会的なあり方については、腹に一物抱えてますよ、的な。

 しかも、また、内容も意外すぎるのだ。正確に言うと、普通過ぎて、逆に驚いてしまったのである。

 つわりの苦しみやそれが終わった後の爆発的な食欲。出生前検査をめぐっての逡巡(もし悪い結果がでたらどうするのか?)。出産時そして出産後の痛み。出産を終えても、疲労と、精神的な不安定さのなかで夫婦に訪れた産後クライシス。子供を保育園に預けることに関しても、母親としての責務(我が子の成長を見逃してはいけないのでは?)と、一人の作家としての存在意識(仕事をしたい!)のなかで、川上は思い悩む。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra