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「殺してやる」殺意に蝕まれた過去を吹っ切るなら、もっと弾けろよ冨永愛!

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『Ai 愛なんて 大っ嫌い』ディスカヴァー・トゥエンティワン

『Ai 愛なんて 大っ嫌い』ディスカヴァー・トゥエンティワン

 10月末、モデルの冨永愛が自伝となる『Ai 愛なんて大っ嫌い』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行しました。芸能人が本を出すこと自体には、なんの驚きもない。しかし、彼女にとって初の自署となるこの自伝をプロデュースしたのが、ミュージシャンの長渕剛だったと聞いたとき、私の頭のなかにはいくつも疑問符が浮かび、混乱に陥ることとなったのです。

 ニューヨーク、パリ、ミラノの三大コレクションを制覇した元スーパー・モデルの自伝を長渕剛がどうして……? しかも、冨永と長渕は師弟関係にあるという……。果たして、本書を読了する頃には疑問符の錯綜する脳内が整理され、いくつもの謎が氷解するのでしょうか?

共鳴しあう上昇志向

 エレガントで、クールで、そしてミステリアスなオーラを放ちながらランウェイを歩く冨永愛の姿を何かのテレビ番組で見たことがあります。その毅然とした姿は、今なお強く記憶に残っているのですが、本書ではその優雅で華やかな職業イメージから大きく乖離する殺伐とした半生が綴られています。

 全員父親が違う三姉妹の二女として生まれ、貧しい母子家庭で育ち、背が高いことではずっといじめられてきた冨永。「殺してやる」という穏やかではない書き出しに象徴される彼女の攻撃性は、そうしたなかで育まれていきました。高校生になると不良グループの仲間入りをし、ところ構わず喫煙をし、相手を選ばずにケンカを売る。冨永は、まるで古臭いヤンキー漫画の主人公のような、すさんだ少女時代を送っていたそうです。

 その荒れた生活は、家庭の貧しさと極端な長身(179cm)というコンプレックスから来るものでした。彼女の殺意は「自分をバカにしてきた人間を、いつか見返してやりたい」という気持ちの表れ。

 なるほど、強烈なコンプレックスから生まれた過剰なほどの上昇志向。ここが師匠・長渕剛と共鳴しているのは想像に難くありませんね。長渕は40歳から肉体改造をはじめ、三島由紀夫的な筋肉を手に入れました。厚い胸板や太い二の腕は、ナイーヴさというコンプレックスを覆い隠すものであり、同じ版元から今年6月にリリースされた『長渕語・録』には「自信は、己を追い込み、肉体ありきの中から生まれてくる」「肉体を動かせ」「デブになるのは敗北だ!」といった理想の肉体への執念深き言霊が並んでいます。また、10代の頃に蠢いていた鬱屈や反逆精神を、50代の今でも長渕は胸に抱えたまま発散しきれていません。冨永もおそらくそうなのでしょう。冨永と長渕の師弟関係は、おそらくそうしたメンタリティーの近さに由来しています。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra