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「殺してやる」殺意に蝕まれた過去を吹っ切るなら、もっと弾けろよ冨永愛!

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ゲーセワが足りません

 結果として彼女は、高身長というコンプレックスを活かしたモデル業で成功し、セレブリティの仲間入りをしたと言えます。普通のサクセス・ストーリーであれば、成功までの苦労を詳しく描くものですが、本書が特異なのは「成功のためにこんな苦労や努力をした」という経緯がほとんど語られないことでした。

 17歳で冨永が渡ったニューヨークは、言葉もわからない、アジア人に対する偏見もある苦境だったはず。にも関わらず、彼女は不良少女のままで、殺意を周囲に振りまきながらトップ・モデルの立ち位置を確立していきます。もちろん、殺意の対象は神奈川の郊外に住む女子高生だった頃とは違い、アジア人の自分にだけスポーティーな衣装を用意したラルフローレンのデザイナーや、自分の出番をキャンセルしたドルチェ&ガッバーナ、ファッション業界に跋扈する魑魅魍魎的なギョーカイ人たち……になっているのですが。

 そんな状況でも成功した彼女は、モデルとしての天性に恵まれていたとしか言いようがありません。英語では「天賦の才」のことを「gift」と表現することがあるけれど、そういう言葉がとてもしっくりくるのです。押切もえの『モデル失格』(小学館)も自伝的内容ですが、押切の本は「トップを取るために自分が頑張ったことリスト」を作成したにすぎず、冨永の自伝とはあまりに対照的。冨永の場合「世間一般並みの幸福な家庭」を与えられる代わりに、才能を与えられた、とさえ言えるかもしれない。

 冨永が苦しむのは、実にその「与えられなかったもの」のほうでした。

 パリ在住の日本人パティシエと結婚し、出産、出産後はほとんど産休も取らず、モデル業の最前線を走り続けた彼女は、自分中心に生活を組み立てていたと振り返ります。離婚後、そしてコレクションの第一線から引退を宣言して以降も、自分中心の生活が続きました。生活のために働かなくてはいけなかった、と彼女は語るけれど、そのせいで息子から「僕が生まれてこない方がお母さんは幸せだった」というあまりにショックな言葉を突きつけられるのです。

 「自分が家庭を持ったら、子供には自分と同じような思いをさせたくない」と願っていたはずなのに……という猛烈な反省のなか、彼女は仕事のペースを落とし、子供中心の生活に切り替えていく。子供が学校にいる間にテレビの仕事の打ち合わせをして、子供が家にいる間はなるべく一緒にいる。そうしたライフスタイルの変化は、芸能人ワーキング・マザーのひとつの典型でもあります。

 ただ、息子と良い関係になるために「毎朝起きたら坂道ダッシュをする」という謎の日課を続けるなど、冨永はそこでも一筋縄ではいかないお母さんです。この坂道ダッシュは、師匠・長渕からのアドバイスだそうですが、師弟関係の蚊帳の外からは、意味がよく分からない。毎朝の坂道ダッシュ訓練をすんなり受けいれられるのだから、よっぽど長渕・冨永のあいだには強い絆があるのでしょう。

 残念なことに、この師弟関係で他にどういうやり取りがされているのかは、読者には謎のままです。「不良少女がモデルで成功し、家庭で挫折したが、再生する」というストーリーは、それほど珍しいものではなく、失礼ながらケータイ小説みたいでもあります。しかし、そこに“長渕剛”という明らかに異質な存在が介入しているわけですから、本書はここにもっと焦点を当てたら良かったのではないでしょうか。タイトルはもちろん『坂道ダッシュでしあわせになろうよ』。

 そもそも本書は(下世話な)読者が知りたいことをことごとく回避しています。塩谷瞬に二股かけられたこととか、映画史に残る史上最大の超迷作『デビルマン』出演時のこととか、そういうことが知りたいんじゃないのか? スーパー・モデルがどうして土屋アンナと無人島生活をする気になったのか、とか。すげー気になるよ……。

 冨永愛はバラエティ番組に出ても、スーパー・モデルという肩書きのせいか、共演者と馴染まない日本人離れした風貌のせいか、文化人枠みたいな扱いを受けている印象があります。先日出演していた『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)でも、小さいオジサン集団みたいになっている嵐とせっかく絡んでいるのにまったく面白いアクションがない。タレントじゃなくてモデルです、そんな顔をしてテレビに出ているように思えるのです。「今度、自伝を長渕剛さんのプロデュースで出すことになりまして」なんて淡々と受け答えているさまは、まるでシュール芸人でした。もしかして、自分が二股騒動や無人島生活、長渕との師弟関係を通して“面白い”存在になっていることに気づいていないのか? 「長渕に言われて坂道ダッシュしている」という話を積極的に嵐に振ったら、もっと面白くなれるんじゃないのか、もっと弾けろよ!  と私のなかの松岡修造が勝手にエールを送りはじめてしまいました。今後は、長渕との対談や、音楽番組での共演なんかで弾けた姿を見てみたいものです。無人島生活も、長渕とペアを組んだらいいんじゃないでしょうか。

■カエターノ・武野・コインブラ /80年代生まれ。福島県出身。日本のインターネット黎明期より日記サイト・ブログを運営し、とくに有名になることなく、現職(営業系)。本業では、自社商品の販売促進や販売データ分析に従事している。

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カエターノ・武野・コインブラ

80年代生まれ。福島県出身のライター。

@CaetanoTCoimbra