インタビュー

「ねばならない」からの解放がオンナを強くする。元メンヘラ・小野美由紀『傷口から人生。』インタビュー

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小野美由紀

真面目がスカーフを巻いていると言って過言でないほど真面目な小野さん。

――小野さんの中で「文章を書く」ことはとても大切な作業だったけれど、それゆえになのか、それを職業にすることはものすごくハードルが高かったわけじゃないですか。「私なんかが……」という気持ちがハードルを高く設定させていたんですよね。1000字の原稿を30分で書いてサクッと送っちゃう人もいるかもしれないけど、小野さんは3週間かけた。そして震えながら送信した。小野さんが自分の中のハードルを乗り越えたのが、大きかったのかなって思いましたね。自分で思い込んでいるよりも、世間って意外と寛容だし、ちっぽけな人間でも受け入れてくれるじゃないですか。

小野 そうですね。それがわかっていなかったので、「怖い怖い」って怯えていました。私のブログには、相談メールを送ってくれる読者の人たちが多いんです。就活で失敗して死にたいとか、お母さんとうまくいかないとか。だけど、一度その人の悩みに関わってしまうと、見届けなければならなくなると思うので、滅多なことがないかぎり返事をしないようにしているんです。その中に、一年くらいずっとメールを送ってくる女の子がいて。その子は「返事をしないでください」と冒頭に書いて、以下に母親に対する恨みつらみとか、自分はブスでコミュニケーションが苦手だから会社でも嫌われていて、飲み会とかで「世間ってこういうものなんだから」「仕事ってこういうものなんだから」って言われるのが死ぬほどつらいのに、なんでこんなことしないといけないのかわからない……という内容のメールを月に2回くらい送ってくるんです。そういう風に世界を見ている子たちっていうのは、たくさんじゃないかもしれないけど、いるんです。そういう読者の方々へのアンサーとして、この本を書き、章を組み立てていったところはありますね。最後の章は、本当にその子のことを考えて書いていて。

――その女の子へのお返事なんですね。

小野 そうです。コミュニケーションだって別に下手じゃない、全然何が問題なのかわからないような子であっても、そういう「認知の歪み」が一回できてしまうとどんどん塞ぎ込んでいっちゃって、自己肯定感が得られないまま年を重ねてしまう。私も20代前半はそんなふうだったと思います。そのひとつひとつの認知のゆがみを直していく過程を、この本で書きたかったのかな。

――ひとつひとつの章になにかしらの気づきがありますよね。

小野 その気づきは全部、自分で知覚したものではなく、他人にもたらされたものだったので、他人との関わりが認知の歪みを直すキーになるんだよってことは伝えたかったかな。

――ただ、歪んでしまうきっかけもまた「他人」だったりするじゃないですか。それで他人との接触が怖くなっちゃうことがある。

小野 そうですよね。でも、ひとりひとり違うから。みんながみんな、自分を攻撃してくる人ではない。

――今はもう、振り返ってみて、その日々を経験してよかったなって思いますか?

小野 いや、まったく思わないですよ(笑)。今は「大学に行かなくても別に良かったな」って思っているので。でも、「経験して良かったな」ってここで言わないとおさまらないですよね(笑)。

――いやいやいや、言わなくていいですよ。戻れるなら、当時の自分に、「こうこうこうだから」って説得しますかね?

小野 いや、それは想像できないなあ。戻りたいとも思わないし、良かったなとも思わない。そんなものじゃないですか。そうじゃないと、ねえ? すいません現実的な回答しかできなくて(笑)。「夢に向かって頑張ろう」とか「生きてて感謝」とか言えないので。それに、29歳になった今、「老いのメリット」を享受し始めています。若い時は完璧じゃないといけないと思っていたし、社会が要請する女性の役割や、自分で作り上げた「ねばならない」に縛られていたけれど、ある程度“ぐちゃぐちゃな存在”であることを許せるようになってきたんです。若い頃は、可愛くて、仕事もできて、お金持ちの男と結婚して、趣味とか充実して、子供もいて……みたいに、「女のルービックキューブ」を全面揃えようとしていたんですけど、別に2面くらい揃えれば100点でいいやって今は思える。たとえば「仕事の充実」と「日常生活の充実」が揃えばもう十分だなって。銀座のモンスターたちに言わせれば29歳なんてまだまだヒヨッ子でしょうけど、私はもう「老いるって悪いことじゃないな」と思えるようになってきました。他人に合わせたり空気を読んだりすることについても、「ここまではやるけど、ここから先はやーらない」って自分なりの線引きをできるようになって、この線というかバリアをサッと張れることで、「人付き合いで削られる」とか、「オンナはこうあるべき」という社会の要請によって削られる、ってことがなくなってきましたね。

――削るって言うのが文字通りショベルカーでガガガッて掘削することだとして、自分の外側に一枚バリアを張っておけばそれ以上は侵入されない、という感じでしょうか。頑なに全部跳ね返しちゃうものパワーが必要でしんどいかもしれないですから、柔軟に線引きしていいとも思います。これは受け入れる、これは自分に必要ないって取捨選択する。その作業は誰でも自分でやらないといけないんですよね。自分の人生だから誰にも代替してもらえない、自分の人生の判断をすることが生の命題じゃないですか。それなのに自分で取捨選択を決断しないで、周りに振り回されていると削られるし、つらいんだよなあってすごく思います。女性は特に、妊娠・出産という精子ありき、かつ時間制限つきの事象が「やるべき」と見なされているから、振り回されがちですし、削られがちだと思います。

小野 相手によっていくらでも変わってくることだからこそ、周りからの「こうであれ」という声に合わせず、自分の軸を持ってないと削られますよね。もちろん「こうであれ~」って押しつけてくる他者はうるさいんだけど、それを恨んだりとか、社会のせいだとか、男がこうだからとか、上の世代が悪いんだって文句を垂れているだけだったら、何も自分自身の状況は好転しないので、自分が幸せになるための方法や「本当の望みはなんなんだろう」ってことを掘ってみたらどうだろうって。理想と現実の自己像が一致しないことに不満があるなら、自分と向き合って微分してみるといいと思います。右往左往することは悪いものじゃないと思います、彷徨った果てに見つかるものがあると思うので。誰かを恨みたかったら恨んでもいいと思います。恨み続けるのも膨大なパワーを使うから、恨み切って、疲れ切ったら変わるんじゃないでしょうか。周りがなにをいっても、本人が納得しなかったら変わらないし。

――疲れればいい、と。小野さんは疲れの極限に達したんですか?

小野 そうですね。本に書いた中でいうと、母を殴るシーンは極限でした。最後の仕事に関する章のところも、極限。どんな仕事をやってもうまくいかなくて、本当に何も残っていないって思ったときに、これ(=文章を書くこと)しかできないやって思った。

――その時まで「これしか」って思っていたことさえ「私にはできない」って敬遠していたわけじゃないですか。そこに手を伸ばす気になったと。

小野 したいって気持ちが勝っちゃったんですかね? 疲れきりすぎて、「どうせできない」って気持ちすら……そこにかけるエネルギーが、なくなっちゃったんじゃないかなあ。

――どうせできないと思って手を出さずにいる状態って、小野さんは「やってダメだった」という経験をしたくないから自己防衛していたんだと思うんです。傷つきたくないからやらない。でも自己防衛するにも守りのエネルギーが要りますよね。それが枯渇したときに手を伸ばせたのではないかな、と思いました。

小野 その通りな気がする。

――極限状態に端を発して、執筆活動をスタートして今は脂がのり始めていますよね。今後の執筆予定について教えてください。

小野 次は、『傷口から人生。』にもエピソードとして登場する、スペイン巡礼にフォーカスした旅行記『絶望するならカミーノに行け!スペイン巡礼の旅(仮題)』を新書で7月に発売予定です。それともうひとつ、小説を構想中です。こうしてお話していて、やっぱり私は自信がないんだなって思いました。人から「やってみよう」と言われないと、なかなかできないので。小説とか他の本とかも、自分からやりたいと申し出たというより、編集さんに勧められて「そう言われるってことは私、やれるのかな?」って思ってやっている感じなので。前向きに、「行動こそが人生だ」、なんてことはあまり言えないですね、うん。変に自信があるふりしても空回りするだけだから、私はこれでいいのかもしれません。無理に自信を持とうとしてマニュアル的なものに走ると疲れるだけだから……。

――どれも楽しみにしています。本日はありがとうございました。

■小野美由紀(おの・みゆき)/1985年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。学生時代、世界一周に旅立ち23カ国を巡る。卒業後、無職の期間を経て2013年春からライターに。http://onomiyuki.com/

(取材・構成・写真/下戸山うさこ)

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