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プリティでガチムチなブルガリア人GAYシンガー・アジスは音楽も魅力的!

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美しき国ブルガリアで育まれたゲイ文化!?

 ある夜のこと。新宿2丁目の某ゲイバーで、笑顔がキュートなママが「もうね、すごいのよ! とにかく目が釘付けなのよ!」と言いながらDVDのスイッチをオンにすると……。元祖“奇抜すぎるファッションのカリスマ”グレイス・ジョーンズやマドンナ、そしてレディー・ガガを彷彿させる雰囲気のガチムチ男性が、ほぼ裸で桶風呂に入り、クネクネと踊って歌っていたではありませんか。しかも周りに裸の男性を従えて! でも、はにかんだような表情がか~なりエロカワイイ。いったい何者なの?

 ママによると、彼の名前は「アジス」。ブルガリア出身のシンガーで、現在35歳。男性と同性結婚 しているゲイで、ド派手なジェンダー表現者として知られているのだとか(とはいえ、ブルガリアでは同性結婚は法律で違法とされているので、事実婚と見たほうが正しい。ちなみにパートナーとは別の女性とのあいだに、子どももいるそうです)。

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 そのうえ議員選挙に出馬した経験があったり、自分のテレビ番組を持っていたりと、ブルガリア国内ではかなり認知度が高い模様。確かにルックスはインパクト大だけど、歌とメロディがとても心地よくて、歌詞が全くわからないにもかかわらず、つい最後まで聴き入ってしまいました。ブルガリアといえばヨーグルトと琴欧洲ぐらいしか思いつかないのに、どうして邦楽を聞き慣れた耳に、気持ちよく聴こえたのでしょう?

「それは彼が『チャルガ』という、ジプシー音楽の要素を取り入れたブルガリアのポップフォークを歌っているからです」

 そう教えてくれたのは、同席していたコラムニストで編集者の松沢呉一さん。松沢さんによると、このチャルガはデュエット曲でもハモることなく、ユニゾン(複数の人が同じ旋律を歌うこと)で進行するところに、日本の民謡との共通点があるのだそうです。

「実は日本人は、西洋音楽に浸りながらもなおユニゾンが好きなのです。たとえばジャニーズなどはハモれないメンバーを集めているのではなく、わざとユニゾンで歌わせているのだと見ています。またチャルガではメロディ楽器は管楽器が中心なのですが、管楽器もヴォーカルとユニゾンで進行していて、これも聴きどころになっています」(松沢さん)

 日本人にとっても耳障りがよい曲で、なおかつセクシャルマイノリティながらも、冠番組を持つほどの人気者! だとしたら日本でももっと、メジャーになってもよいはずでは? そう思い、彼について教えてもらうべくブルガリア大使館に電話をすると……。

「うーん、チャルガが好きな人のあいだででは人気があると思いますが……。私はよく知りません」

 と、電話に出た大使館職員の女性はけんもほろろ。なんでー?

「東欧はロシア同様、正教が強く、ゲイに対する差別も強いのです。またチャルガのルーツの基本は被差別階層のジプシー音楽ですから、ブルガリアのなかでも関心のない人や、嫌う人が多いのは事実です。そのうえチャルガはジプシー音楽が出発点なことから、女性シンガーはほとんどが豊胸するほど“エロ”を売りにしているため、ゲイでも排除されることはありません 。その猥雑さがチャルガの武器であり魅力なのですが、そのために蔑視され、嫌悪されることもあります。逆に言えばゲイのアジスは、チャルガのシンガーだったからこそ人気を得たのだと思います」(松沢さん)

  チャルガの愛好家は東欧に限らずヨーロッパ各地にいるので、マーケットが成立していて近隣諸国でライブをしたり、他国のミュージシャンがカバーすることも多いのだとか。とはいえブルガリアはキリル文字(ロシア語やブルガリア語など、スラブ語圏で使われている文字)が残っているので、英語があまり得意ではない人も多い。だからキリル文字になじみが浅い日本では、なかなか浸透しないのが残念なところ点でもあるそう。

  しかしだからといって、「へー、そうなんだ」で終わったらもったいない! ブルガリア語では「Азис」、英語では「Azis」と書くその名を、YouTubeなどでぜひ検索してみて。画面からはみ出すめくるめく東欧のゲイ&チャルガワールドに触れれば、音にもビジュアルにもハマるはず。目を点けておいてソンはないかも!

(文=久保樹りん)