連載

性欲は本能か、社会が築いた幻想か。「求められてこそ価値がある」という女の規範

【この記事のキーワード】

レイプされ続けるということ

男子生徒・新妻は、バイト先の親切なおばさんからホテルに誘われ、レイプされる。密室で「やっぱり帰ります」と言い出した彼に、熟女は「人妻をホテルに連れ込んだんだから、責任取りなさいよ」と迫り、自称”天下一品”のフェラ技術を披露するのである。
新妻はその女性を好きだなんて一度も思ったことがなかった。でも、ホテルに行った。

このことが校内でウワサとなり問題視され、彼の担任教師である美鈴先生は生徒指導室で新妻と2人きりになり、この話をあらためて聞かされる。
18歳未満である男子生徒が、女性から強引に犯されたのであるから、教師としては「レイプ被害」と認識して警察に届けるなりなんなりの対応を検討しても良いのではと思ったが、美鈴先生はむしろ、彼を責めてしまった。

「どうして逃げなかったのか」と。

ここから始まる新妻の独白に、凄みがある。美鈴先生の膿んだ傷痕を、容赦なく抉っていく。彼はレイプ被害者を責めたつもりなどないし、自問自答を口にしたに過ぎないのだけれど。

ホテルまで行ったけれどやはり「したくない」と思って、「ここまでついて来たけどできません」と謝ったものの、「でもすでに遅かった」と述懐する新妻。

「空気が…もうそれまでと違ってたんです。それまでのすごい親切な俺の知ってる青田さんじゃなくなってた。俺、なんか、その空気にのまれるつて思って のまれたら終わりだって気がして フタしたんです。怖いって気持ちに。そしたら段々…途中から俺 わかんなくなっちゃったんです。違うし嫌だって思ったのに、もしかしてこれ 自分の意思なのかなあ?って 確かに怖いって 逃げたいって思ったのに 逃げないでそこに居続けたのはなんで? って」

美鈴先生が白昼堂々レイプされてから、もう何年もの月日が経っている。親友・美奈子(と言いつつ、友人ですらない。美鈴先生に友人はいない様子だ)の引越し作業を手伝うために、新居を訪れていた。そこに美奈子の彼氏(早藤)がやってきた。美奈子は早藤に言いつけられてタバコを買うため外出する。がらんどうの部屋に取り残された美鈴先生と、早藤。女と男。早藤は美鈴先生を強引に押し倒し、強い腕力で身体の自由を奪い、男性器を挿入して射精に至る。美鈴先生は処女だった。それから何年間も、親友の婚約者である早藤から頻繁に呼び出され、継続的に性交渉を持ってきた。他の男とは、していない。

早藤は、登場人物の数人から鬼畜呼ばわりされている。処女をムリヤリ犯すのが趣味だからだ。

彼に処女を奪われた多くの女性のうちの誰かが、「これは強姦だ」と声を上げれば、彼は犯罪加害者として裁かれることになるのだろうか。私はそうは思わない。「私がそれを望んでいた」と、彼は狡猾なやり方で女に思い込ませる術に長けている。早藤は美鈴先生に性暴力をふるったけれど、きっとこの関係は、犯罪行為には当たらないだろう。美鈴先生には「断る機会が何度もあったはず」だからだ。呼び出されてのこのこと出向き、性交渉に応じる美鈴先生は、「合意の上でヤッている」と見られるのだろう。実質的には、暴力に支配されているのに、彼女の意思ということにされてしまう。

そして早藤は、自分になびかない女にしか執着できない。純粋な愛情を向けてくる女のことは「つまんねえな」と感じてしまう。愛されたぶんだけ相手を愛することもない。婚約した美奈子に対しては一応、愛しているフリはする。おそらく彼女が資産家の娘だということも関係しているのだろう(実家がお金持ち、という描写がある)。ただしもう、美奈子から求められても早藤はセックスに応じない。美奈子と向かい合っても、少しも興奮しないし勃起しない。早藤に怯え、恐怖に支配されながら愛液を漏らす美鈴先生には、どうしようもなく興奮するというのに。自らに愛情を向けてこない女を、暴力で屈服させるやり方でしか性的快楽を得られないのかもしれない。

先ほど少し触れたが、美鈴先生が抵抗感をあらわにし、「もうこういうの、やめてもらえませんか。暴力ですよね」と歯向かったとき、早藤はぶはは、と笑って一蹴する。

「暴力された女になんか成り下がりたくないんだろ?」
「私は求められた女なんだって思い込めば楽になれるよ 暴力も愛も自分の思い込み次第って 女ってそういうエゲツない生き物だろ」

早藤はよくわかっていて、暴力を使っているんだと思う。

見ず知らずの女に路上で襲いかかるわけではない。ある程度、女性側に「自分への好意」があると嗅ぎ取ったうえで暴力をふるうのだから実に性質が悪い。これはいちばんうまく、女の口を塞ぐやりくちだ。早藤は、女が「私は合意していない」と、言えなくする。

求められる女になりたい?

早藤と交際し、婚約して寿退社を報告。挙式準備を始めるも、セックスの頻度が極端に減ったうえ挙式や結婚後の生活について何も話し合いをしてくれない早藤に、不信感を募らせている美奈子。話をしようとしても早藤は「仕事が忙しい。疲れてるから今度にして」と彼女のことは後回し。本当はちっとも、幸せを感じられていない。

美奈子は親友の美鈴先生を呼び出し、いかに自分が幸せかを延々話し続け、美鈴先生を見下すことで安心を得ようとする。だが、心は晴れない。
美鈴先生はそんな美奈子を見て「かわいそうに」と、逆に見下す。

「早藤くんは、もう美奈子じゃ勃たないって私に言ってるよ。私だとちんこビンビンなのにね。かわいそう、美奈子」

こんなモノローグはないけれども、美鈴先生はそう思ってしまっているのだ。

彼女もまた、「男に求められる女でありたい」という欲望に蝕まれている。一方で、それを嫌悪し、バカにし、翻弄され。ふらふら流されている美鈴先生は、読者をいらだたせる。

美鈴先生は、「多くの女性は自分の弱さに身を任せることの甘美さにうっとり陶酔するのだろう」と認識しているが、「私は酔えない」とも自覚している。いつもマウンティングを仕掛けてきて優位に立とうとする面倒くさいコミュニケーション手段しか知らない親友・美奈子への優越感こそ多少湧くが、それは美鈴先生にとってうっとり陶酔できるほどの甘美な代物ではないのだ。酔うことができれば、そこに何の疑問も抱かなければ、生きやすいようにこの世の中は構築されているのかもしれない。

一方で、生徒同士の恋愛、いや、女生徒から新妻への恋心もこの作品ではポイントになっている。
人妻ホテル騒動で一気に注目を浴びた新妻に恋をし、告白し、交際することになった巨乳自慢の女生徒・ミカは、両親不在時に彼を自宅に招き、「エッチしても良いよ」と誘うも拒絶されてひどく傷つく。

新妻がなぜ「したくない」のか、ミカは掘り下げようとはしない。

「私に魅力が足りないのかな」「私のことを好きじゃないのかな」と、原因を自分の内面に求めてしまう。新妻くん本人の胸中など知りもしない女友達に相談をし、「あたしやっぱりこの恋をあきらめたくない。頑張るぅ」と泣く。

この描写はとてもリアルだ。10代の学生でなくとも、20代、30代と大人になっていっても、恋愛やセックスにおいて不安を抱いたときに相手と向き合うことを避けてしまう人は多いのではないか。

ミカは新妻に 「求められたい」のだ。その豊かな胸に欲情してもらいたい。そうすることで自分の価値が高まると信じている。男たちの「欲望」を引き受けつつ利用して、男たちをコントロールしながら世渡りしていこうと目論む学年一番人気の美少女は、そんなミカを内面で嘲笑し、憐憫も抱きながら、表面的には励ます。

しかしこの、「求められたい」という願望は、この社会においてひとつの病巣化してはいないだろうか。

「私は彼から求められている女だから、誇りを持てる」
「彼は私を求めてくれるから、ひどいことをされても赦せる」

こうした思考が、カップル間の暴力を「ただの痴話喧嘩」として処理させてしまうし、「メンヘラだからしょうがないね」に落ち着かせてしまう。

求められていれば何をされてもいいなんて、私は思わない。
愛情込みでの暴力は甘んじて受け止める、なんて考えたこともない。体罰だって絶対に嫌だ。
でもかつて、「体を求められたい」という欲望を持っていた頃は私にも確かにあった。
ミカ同様に、そうすることで自分に自信を持てるというか、他者から肯定されている実感を得られると思っていたから。

欲望される女であることは、誇りである。そんな規範がこの社会に蔓延していて、それは思い込みに過ぎないのに、私たちを蝕んでいく。

そんな規範化された欲望に気付いて私は、女である自分のことは好きだけれど、男から体を求められることをうれしいと思えなくなった。
欲望の正体を「愛の証拠」だと勝手に思い込んで舞い上がることはもうできない。性暴力被害を受けたわけではないが、いくつかの恋愛とセックスを経て、セックス以外のかたちで愛し合うことを明確に望むようになったのだ。
私の得たい幸福感や信頼や親密性は、セックスでのみ得られるものではない、と気付いたとも言える。
同時に、「であれば、セックスという行為を通じて得る必要はないよね」と。
他の方法を模索し、実践したいのである。

■哀辛悲々(あいしん・ひぃひぃ)/中学2年の頃、女友達(ぽっちゃりFカップ)が住む近所に滅多に客の来ないペンションがあり、経営者のおじさんと仲良くなった女友達に連れられて私はよくそのペンション内でカラオケをしました。数カ月の後、女友達はおじさんに性交渉を持ちかけられ「キモい」と断ったそうです。そのおじさんがよく歌っていたのは欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」でした。私はしがない主婦です。

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哀辛悲々

中学2年の頃、女友達(ぽっちゃりFカップ)が住む近所に滅多に客の来ないペンションがあり、経営者のおじさんと仲良くなった女友達に連れられて私はよくそのペンション内でカラオケをしました。数カ月の後、女友達はおじさんに性交渉を持ちかけられ「キモい」と断ったそうです。そのおじさんがよく歌っていたのは欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」でした。私はしがない主婦です。