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生涯“恋は遠い日の花火ではない”田中裕子の手本のような「女の生きる道」

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いい女の作られ方

 さて本題。話は大きくさかのぼり、沢田研二(敬省略)が、まだ「ジュリー!」と大騒ぎされていた1982年。ジュリーがフロントを努めていたザ・タイガースのコンサートに田中裕子が訪れた際、お互いファンだったことから仲良くなった2人。同年末の『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』の共演でさらに拍車がかかったのか、当時、妻子持ちだったジュリーと付き合い始めたとのこと(あくまでも週刊誌情報)。それから約7年の歳月を経て、1989年に入籍。大人気アイドルだったジュリーとの不倫略奪婚ということで、当時の田中裕子は “魔性の女”と散々騒がれていたみたいですが、お互いファンだったのなら、田中裕子が一方的に誘惑したとは到底思えず。きっとジュリーファンのやっかみや、事務所の力関係などいろいろなことがあったのだとは思います。

 でも、なぜ今さら遡って不倫のことなど蒸し返すかというと、この辺りの田中裕子が、実に艶っぽいのです。不倫は良くないことだとは思いますが、清潔感のある色気が満ち溢れていて、「“恋する女”は素晴らしい」と叫びたくなるほど。ジュリーに出会う前年に公開された『北斎漫画』ではヌードになっているにも関わらず、少年っぽさが全面に出ていてお色気皆無。一方、ジュリー後は、『男はつらいよ 花も嵐も寅次郎』のクライマックスのキスシーン然り、『ザ・レイプ』の最後のダンスシーン然り、『天城越え』の少年に向けた妖艶な流し目シーン然り、どれもこれもが、いちいち美しい。

 その美しさは、1985年の『夜叉』でカメラを担当した御大、木村大作氏が、「あの撮影の時、共演者もスタッフも、皆、田中裕子に惚れていた」と言うほど。高倉健さんもたけしさんも出ていました。そして、あの全世界が泣いた『おしん』もこの時期。ジュリーとの恋愛で、次々と花開いてゆく独身時代の女優・田中裕子。現在、NHK朝ドラ『まれ』でざっくりとした大胆な婆さんぶりを好演している彼女からは考えられない“妖艶さ”がこの時代に。結婚後は老け役も厭わず受け、着々と演技派の道を邁進し、2010年には紫綬褒章を受章するというすごさ。最近のドラマ『Woman』(日本テレビ系)での存在感と演技力は鳥肌もので、視聴者をざわざわさせてしまった彼女。始まりは不倫だったとはいえ、「本物の恋は、いい女を作る」と思わせる見本のような生き方です。

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阿久真子

脚本家。2013年「八月の青」で、SOD大賞脚本家賞受賞。他に「Black coffee」「よしもと商店街」など。好きな漢は土方歳三。休日の殆どを新撰組関連に費やしている。