戦争前夜の女たちの“美しさ”
で、田中裕子と言えば、最後に紹介したいのが、正月恒例“向田邦子新春スペシャルシリーズ”。このシリーズは、才媛・向田邦子原案、天才・久世光彦演出の鉄板タッグで作られ、そのほとんどに登場した田中裕子と大女優・加藤治子(敬省略)。このシリーズの舞台は、昭和10年代、戦争前夜の東京にある暗く地味な日本家屋と、学生運動を感じさせるアパートの一室が主。その時代に生きた山の手に住む中流家庭の男女の恋愛模様を描いた名作ですが、これ、大人になってもう一度見直すと、すごくいろいろ考えさせられます。惹きつけられてしょうがないです。淡々と押さえた加藤治子と田中裕子の演技が上手すぎて、1話見終わったらすぐ次の回が見たくなり、寝不足になりました。
前に、ちょっと偉い人に文壇バーに連れて行かれ、しょっぱなから濃い話に。ついには「君は右か左か」と聞かれ、「考えたことないです」と言ったら追い出されそうで、トイレに何回も行ったことがあります。長い長い夜でした。高野悦子の『二十歳の原点』も好きだし、家田荘子の『極道の妻達』も素晴らしいノンフィクションだと思う。なんてとても言えない空気だし、それを言ったところで「中途半端だ」などと言われかねないし。酔っ払いの文学者は、本当に面倒。おまけに、1970年代に青春時代を生きた人と、私のようにお気楽極楽な80年代に青春時代を過ごした者とでは、考えも言語も違いすぎることを痛感した夜でした。同年代でも柳美里さんくらい、ものを書く決意と才能がなければ、ああいう場所にむやみやたらに足を踏み入れるべきではないと思いました。今、考えると、さっさと帰ればよかったです。
話がずれてきました。とにかく、この向田×久世シリーズは、人間模様の描き方、それを演じる役者、ともに秀逸です。「夜が戸外も室内も暗い時代でした。けれど女たちはいつだって胸の中に小さな炎を燃やし、その火は周りが薄暗かったからこそ、今よりは鮮やかで美しかった」(TBSチャンネルwebより)という久世さんの思いが見事に体現されているドラマです。このドラマシリーズは、戦争前夜の落ち着かない緊張感のようなものが端々に出ていて、見終わった後、余計に平和を願いたくなりました。「馬鹿」と言った太田光と「馬鹿」と言われた安倍総理。桜の木の下で一枚の写真に収まった二人。方向や表現は違っていても、日本の平和を願う気持ちは同じじゃないか――と信じたい私は、やはり甘ちゃんでしょうか? 甘ちゃんすぎて「いい年こいてるのに箸にも棒にもかからない女だ」と言われそうですね。ちなみに大塚家具のセールは5月10日までだそうです。行ってみよっかな。照明欲しいし。
■阿久真子/脚本家。2013年「八月の青」で、SOD大賞脚本家賞受賞。他に「Black coffee」「よしもと商店街」など。好きな漢は土方歳三。休日の殆どを新撰組関連に費やしている。