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故・愛川欽也の愛人女優「私が看取りたかった」「奥さんが怖い」とまさかの勘違い発言連発

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 もともとうつみと愛川は略奪婚である。1978年、愛川は前妻に都内の自宅や貯金など、全財産を前妻に残してまでうつみと生きることを選んだ。さらにうつみと入籍したのは愛川が前妻と離婚したその翌日だったというから驚きである。これってなんて昭和的なエピソードだろうか。前妻と二人の子供を思いやる気持ちなどまったくないように思える二人のこの仕打ちは、今の時代ならばネット上で猛烈なバッシングが繰り広げられたことだろう。そしてそれはおそらく愛川とうつみのタレント生命にもかかわるような大きな事態に発展したに違いない。しかしその後はネガティブなイメージを必死で払拭するかのように2人は揃って度々公の場に顔をだし、おしどり夫婦ぶりをアピールしてきた。ついに2000年には「ナイス・カップル賞」なるものも受賞しているのだ。

 だが、愛川の女性遍歴はうつみと結婚後も続いた。任以前にもお気に入りの女性を劇団に入団させ、可愛がることをくり返していたという愛川。そんな愛川から最後に寵愛を受けた女性――それが任なのである。しかし彼女の存在を完全にシャットアウトするように、うつみは愛川の葬儀には密葬という形をとった。むろん、その場に任の姿はなかったという。

 任は愛川の密葬が行われた4月17日に週刊誌記者のインタビューにこう答えている。「いま、とても悲しくって…ダメです」。さらにその数日後には別の取材に対し「私、看取りたかったです」とも発言した。これに対してネット上では「寵愛があっても妻じゃないんだから。立場わきまえたら? こんなことは心の中にしまっておくべき」「どれだけ愛情を受けても愛人は愛人、妻は妻。看取ることを主張するのはルール違反」「うつみ宮土理、よく頑張った」など、任の言動を非難するコメントが飛び交った。

 一方、正妻のうつみも、わざわざ自身が報道陣を集めて開いた記者会見ながらもそのブチ切れぶりが話題となっている。自分がいかに夫を愛していたか、どんな思いで最期を看取ったのかについては熱心に語るものの、報道陣から愛川の最期の様子について質問がとぶと「そんな質問は酷です!」と語気を荒らげたのだ。予定より短い時間で会見終了となり、なんとも後味の悪い空気がその場に漂った。

 もしかしたらうつみがこの会見を開いた目的は、報道陣にというよりは任にむけて正妻としての立場をアピールするためだったのかもしれない。愛川と任の関係が取り沙汰される中「最期を看取ったのは正妻である私。立場が違う」と任へ電波を通しての強いメッセージを送ったのではないだろうか。果たして正妻からのこのメッセージを、任はどのような思いで受け取ったのか。19日発売の「女性自身」(光文社)では、任が「奥さんが怖すぎるから」と、キンキン塾を退団する意向を明かしていると報じている。愛川絡みの仕事しかしてこなかったのだから、それはすなわち芸能界引退を意味する。愛川がどういう思惑だったのか今となってはわかりかねるが、女優として彼女を寵愛するあまり自らの関わる仕事以外に手を出させぬまま来たとすれば、自分の死後、後ろ盾をなくした彼女が窮地に陥るであろうことには考えが及ばなかったのだろうか。愛した男を失い仕事も失った任の姿は、愛人という立場の儚さを感じさせる。
(エリザベス松本)

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