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ゆとり世代と団塊世代は仲良くなれますか?

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クリエイティブな仕事につきたい

思春期に突然何も喋らなくなり、本ばかり読むようになった息子。父や母からしたら、さぞかし不気味な存在だったと思います。僕の変化に、二人は戸惑っているように見えました。でもそんなこと、どうでもよかった。

千冊ちかく本を読むうちに、ふっと、自分も書くということに携わりたいという気持ちが芽生えてきました。一度捨てたような命なんだから。恩返しがしたかった。それはとても素朴な憧れでした。

作家と編集者。

どっちでもいい、なんでもいいから、書くということに関わらせてくれ。それ以外の他のことは何もしたくない。興味ないんだ。

それから僕は、こそこそと隠れて文章を書くようになりました。誰に見せるアテもなく。書いているときだけ幸せで、セックスより気持ちいいと思った。でもこんなことが金になるとは思えない。だから出版社の編集者の求人情報をチェックするのが、それからの僕の日課になりました。

大学2年の頃から、両親と一緒にいるのが苦痛で、一人暮らしを始めました。いざ就職という段になって、大学のキャリアセンターに所蔵されていた就職実績のデータを隅から隅まで閲覧したとき、僕は怖じ気づきました。これ、ほとんど無理ってことじゃないか?

今から思えば、中小を受けるとか、いくらでもやりようはあった。でもそのとき僕は、ビビってしまった。否定されるのが怖いと思った。他のどんな業種の会社で、どれだけ面接で酷いこと言われても心は痛まなかったけど、出版社だけは怖かった。教養のないバカだと看破されるのが恐ろしかった。

僕は逃げた。

普通の会社に就職し、上司とキャバクラに行った帰り、まだ大学生だった友人が自殺する前に電話してきた。たしか、読書会を開こうと思う、という相談だった。僕は、ウザいな、と思いながら、せせら笑うように彼に言いました。

僕「社会に出たら小林秀雄なんて無意味だ。お前も就職したらわかるよ」

リストカットしてるような気分になった。心からずっと血が流れてるみたいな気分だった。ああ、人生失敗したな、どこで間違えたんだろう、そう思いました。

本当は小さな幸せより、大きな絶望が欲しい。書くことでしか癒せないような不幸が欲しいのに。どうしてこんな、ぬるい人生なんだ。嫌で嫌でしょうがなかった。親にも相談せずに会社をやめて、貯金と失業保険で1年くらいブラブラしていた。誰にも会う気になれなかった。貯金が尽きて情けないことに実家に帰り、しばらくぶりに親と暮らし始めて、気づきました。もう、決定的に、共通の話題というものが一つもないんだな、と。

そこで今回の相談です。

今回の相談「ゆとり世代の僕が団塊の世代の父と仲良くするにはどうすればいいでしょうか?」

顔を合わせれば気まずい沈黙ばかりが続く。何を話していいのかわからない。父は何故か僕のことを、「お笑い芸人を目指してる」と勘違いしています。普段僕が母親相手に下らない冗談しか言わないからかもしれません。そのくらいのディスコミュニケーションが僕たち親子の間にあります。

理系学部出身の父は、幼い僕に数学を教えるのが好きでした。そして、定期テストの98点の答案を見て、「何故100点をとれなかった」と真剣に説教してくる人間でした。当然のように理系学部に進学し、その手の職業につくと思われていました。でもいつしか、数学の授業中も無視して小説を読むようになり、少しずつ成績は下降していった。僕はなんだか父を裏切っているような気持ちになりましたが、もう数学に興味が持てなくなった。

大学では文学部に進み、『狂人日記』だの『人間失格』だの『地獄変』だの『死靈』だの『虚無への供物』だのと、何やら得体の知れない表題の本ばかり読むようになった息子のことが、父にはあまり理解出来ないのだと思います。

そんな父も、今年で65歳。いつ死んでもおかしくないよな、とも思います。

そして僕は心のどこかで、学校を巡る様々な出来事がひっかかっていて、父を一方的に恨んでいるのだと思います。年金をあてにして、すねをかじっている無職の分際で。何度かこの話をしたことがあったのですが、会話は平行線を辿り、いつしかこうした話題は我が家のタブーということになりました。野球や政治の話はしても、学校の話はしない。

多分父は、こんなはずじゃなかった、子育て失敗したな、と思っているはずです。本当は、マトモに社会人になった僕と、母校の思い出を一緒に朗らかに語り合いたかったんだと思う。それが僕たち親子の共通の話題になるはずだった。でも、頑張ったけど無理でした。

僕と父はこのまま、わかり合えないまま、死別するんだろうか。昔は、もうよく思い出せないないほど過去には、多分尊敬とかしてたと思うのに。

そこで今回の相談です。父と仲良くするにはどうしたらいいでしょうか? 知恵を貸して下さい。お願いします。

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奥山村人(おくやま・むらひと)
1987年生まれ。京都在住。よく家の鍵をなくして人のせいにする。Twitter:@dame_murahito BLOG:http://d.hatena.ne.jp/murahito/

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奥山村人

1987年生まれ。京都在住。口癖は「死にたい」で、よく人から言われる言葉は「いつ死ぬの?」。

@dame_murahito

http://d.hatena.ne.jp/murahito/