連載

無職が無職をやめるとき 不仲の父とバイキングにいってきた

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連載7週目その1

無職を長期間続けていると、ふと思うことがあります。無職こそが、人類の真にプリミティブな状態なのであると。象がネクタイ締めますか? 猿が山手線に乗らないでしょう。赤ん坊だって働きません。当たり前です。本来、動物というのは職につかないように出来ているのです。基本的には野宿、腹が減ったら仕方なくエサを探し、食っちゃ寝て食っちゃ寝るというのが本来の野生の姿ではありませんか。そう、ハローワークのお姉さんの話を引用するまでもなく、現代社会はあまりにも複雑化し過ぎました。高度に能率化した技術的分業と複雑に専門化した社会的分業が、我々から野生動物としての生き方を奪っているのです。しかし、技術的特異点の到来が予見される近年、今こそ僕たちは真の目覚めに至るべきではないでしょうか? 取り戻せ! 野生のパワー! 文明を破壊せよ! ヒッピーコミューン・リバイバル!

……といったようなことを担当編集者に向かって熱く語ってみたところ、「あ、ひらめいちゃいました。アマゾンの秘境でサバイバル生活ってどうですかね? 連載のネタに」との答えが返ってきました。

虚弱体質の無職を野に放つなんて正気か! 死んだらどうするんだよ!?

という叫びを飲み込んでいたら、「知能指数の低そうな屁理屈言ってないでさっさと原稿上げてもらえませんか?」と言われてしまい、おとなしく原稿を書くことにした奥山村人です。近ごろ外は暑そうで、なんだか大変ですね。お疲れ様です。水分補給をこまめにして、熱中症とかに気をつけてくださいね。僕は毎日エアコンのガンガンに効いた室内で、元気に無職をしています。光熱費はもちろん、親の金です。嗚呼、無職ってなんて素晴らしいんだ……!

さて、という感じに「日本で最もイラつく無職」の称号を欲しいままにしている僕ですが、父親との関係についてご相談させていただいた「ゆとり世代と団塊世代は仲良くなれますか?」の回に寄せられたお答えを、はりきって読んでいきたいと思います。

・お父様は毎日、新聞を読んでおられると思うので、あなたも読んで記事について話しかけてみてはいかがですか?
・いまは、まだ、仲良くならなくていいです。その段階ではありません。(中略)いまは、言葉では、伝わりません。
・お父さんが20の頃、祖父のことどう思っていた?なんてことが(原文ママ)ふと疑問に思えてくることもそのまま聞いてみてもいいんだよ。
・登山に誘う
・両親を食事に誘う
・仲良くする必要なんかありません。あなたの親は、あなたの人生にとって最も関わってはいけない危険な人物です。本当は実家で引きこもりなんかやっている場合ではありません。一刻も早く親から離れるべきです。
・沈黙が流れるのも「気まずい」と思うより、「無理にしゃべんなくていいんだ」と気楽に考えていいのではないでしょうか。

となんだか今回、親身なアドバイスが多かったです。相談の文章がしっとりした内容過ぎたからでしょうか?

確かに引きこもりなんかやってる場合じゃないのかもしれないですが、なにせ絶対に働きたくないので仕方ありません。

それはそうと、先日messyから原稿料が振り込まれました。人生初原稿料。ちょっと手が震えましたね。「くだらない原稿かいて、原稿料もらってるんちゃうの?」といったコメントが散見されましたが、たしかに。こんな何の役にも立たない文章でお金もらって本当にいいんだろうか、と思いつつ。バイト代とか給料とか、そんなのとは次元の違うありがたみ、みたいなのがありました。

それはそれとして、ふと思い出しました。そう言えば僕、初任給とかも両親のために使ってないんですよね。なんか会社員時代の帰省中に、両親にムカついて意味もなく10万くらい居間に置いて家出てきたことがあったんですけど、なぜか父親が一切口きいてくれなくなったので、後日謝ってお金返してもらったことがあったくらいですね。だから今回、せっかくいただいたこの原稿料で、両親に食事をご馳走するのも悪くないかもしれないな、と思いました。

両親にまでマルチ講と疑われる

僕「明日、予約してあるからさ、ホテルのバイキング行こうよ。僕がご馳走するからさ」

と僕が夕食の席で言うと、両親はあんぐりと口を開けて、頭おかしいんじゃないの? みたいな目で僕を見ました。

母「一体そんなお金、どこから手に入れたの」
父「良い歳して、やっていいことと悪いことの区別くらい、つかないのか」
母「一緒に返しに行きましょう、ね? お母さん、ついていってあげるから……」
僕「待ってよ! そんな怪しいお金じゃないんだよ!」
母「ネズミ講? オレオレ詐欺? ビットコイン詐欺? 友だちや女の人から騙し取った? 窃盗……?」

これ、アレだ。ジャイアンが百点とったときに、実力じゃなく不正をした結果だろうと疑いボコボコにするジャイアンの母ちゃんのリアクションにそっくりだ!! オフ会で初めて会った人はさておき、まさか母親にまでマルチ講と疑われるなんて!

僕「違う! 違うんだ! なんていうか、その……とある会社から、僕のしたある行為について、報酬を得たというか……」

しまった! 誤解を解くどころか、なんかいよいよ怪しげな言い方になってしまったぞ!

とにかく、必死で弁解を続け、やっと「ネットビジネス」あたりでとりあえず納得してもらって、まだ半信半疑の両親を連れて翌日、ホテルに出かけることにしました。

別にバイキングじゃなくても良かったのだけど、父がバイキングが好きだという情報を事前にそれとなく母から仕入れていたので、そうすることにしたのでした。なんか、堅物の父がバイキングが好きなんて、ちょっと信じられないような、意外な一面を知ってしまったような気がしました。

ちなみに、出発直前に、ご近所の仲の良いおばちゃんの癌治療、検査の結果が芳しくなかったという電話を受けていて、家族一同ブルーでした。食事中も、話題は癌一色。僕はおばちゃんの娘さんの家庭教師をしていたこともあったくらいなのですが、最近アイドルデビューしたばかりのあの子も今、ショックだろうなとふっと心の中で思ったりしました。僕も親が癌になったら悲しくなったりするんだろうか。なるんだろうな、多分、悲しいけど、悲しくなるんだろうな。どうしょうもなく。

父「もし私が死んだら」

急に父がそんなことを言いだしました。僕は思わず遮って口を挟みました。

僕「死なないでよ。年金、もらえなくなると、マジで困るからさ」
父「……死体を埋めて、何も知らないとしらばっくれて、年金を不正受給したらいい」

……! 僕はビックリしました。お父さんが、お父さんが冗談を言った! マジか! 衝撃でした。全然笑えないけど。なんか気まずくなってしまって、僕は席を離れて料理を取りにいくことにしました。

お父さんはもしかして、僕に甘いのかもしれません

うどんコーナーには常駐の担当者がいないらしく、代わりに入ったステーキ係のホセが「俺こんなことするために日本に来たんじゃないんだけどナ」って顔でひたすらうどんを茹でていました。いたたまれない気持ちになって、うどんを諦め、チンジャオロースなんかをよそって席に戻りました。「お父さんも食う? 中々うまいよ」すすめようとすると、何故か睨まれてしまいました。そこに母が「お父さんね、実はピーマン嫌いなのよ」と言いました。

へ?

母「あなたが好き嫌いのない子供に育つようにって、ずっと我慢して食べてたの。その嘘をバラすタイミングが中々、なくて」

なんだそりゃ、という感じでした。そういえば僕も、つまらない嘘を肉親や恋人につき続ける変なところがあるけど……。「さて、デザートでも食べるか」と父が席を離れたとき、また母が口を開きました「会社やめて一年音信不通だったとき、あなた本当に自殺してるんじゃないかって、私たちずっと心配してたのよ。家出するみたいに大学の途中から家飛び出して、正月盆暮れにも滅多に寄りつかないと思ったら、急にスカンピンで戻ってきて」「てか、僕ってそのうち追い出されるよね? そりゃ当然だけどさ」「結構楽しんでるのよ、私は。もしあなたがあのまま働いてたら……東京と京都でずっと離れたまま、全然家に帰って来ないで、親と話そうともしない。世間的には恥ずかしくない子供でも、ほとんど話す機会も時間もなくて、もう一生マトモに口きくこともなかったかもしれないな、って思うし。お父さん、最近言うんだけど。あいつがとりあえず、生きてたらそれでいいって」

なんだそりゃ。なんか僕の親ってかわいそうだな……。生きてるだけでいいなんて、そこまで追い込まれてるのか……。子供の頃はそこそこ自慢の息子だったのにね。

母「お父さんね、実は大学中退してるのよ。学生闘争にのめり込んで」
僕「は? 嘘でしょ???」
母「フリーランスから始めて、そのままたたき上げで管理職までなったけど、大学やめるときは部屋に10日ひきこもって外に出てこなかったんだって。それで、ちゃんと就職しなかったからって、婚約者にもフラれてね。それに本当はね、若い頃、東京行きたかったんだって。でもおばあちゃんを見捨てられなかったから、こっちで仕事探したの。だからね、色々あなたの気持ちがわかんないこともないのよ。怒ってないこともないんだけどね」

お父さんは相変わらずほとんど何も語りません。でもそういうものなのかもしれません。考えてみれば、僕もお父さんに何か自分のことを話した記憶が思春期以降、マトモにない。それが今さら。会話がないのが、僕たち親子なのかもしれない。それでいいのかもしれない。和解はいらない。わかりあえない。それでも、まだ少しだけ新しい時間があるのかもしれない。わからないけど。

帰りに立ち寄ったヨドバシカメラ、マッサージ機コーナーで揺れ続ける母を残して、父と二人で家電を見て回りました。ガシャポンコーナーを通り過ぎようとしたとき、ああそうだ。ふっと思いついた僕は、数歩先を歩いていた父の背中に声を投げました。

僕「おーい、お父さん、ガシャポン買ってちょ!」

振り返った父の顔は、お前正真正銘のアホか? と言いたげな表情をしていました。「早く早く、僕財布ないんだから」とうながして、アニメのガシャポンを買ってもらいました。子供のとき、一度も買ってもらったことがない。それも我が家のちょっと変わった教育方針の一つでした。そんなガシャポンを買ってもらって。それから僕は、思いっきり笑いながら、こう切り出しました。

僕「今度、旅行に行こうと思うんだけど、お金頂戴よ」

そう口にしてから、いつか大学時代の先輩に飲みにつれていってもらったとき、「俺も25くらいで内定出ずに卒業してブラブラしてて、ある日オヤジに号泣されてさぁ。こりゃなんとかしなきゃな、って思ったね」と先輩がこぼしたエピソードがふっと頭をよぎりました。

僕、もし今お父さんが泣いたら、多分根性ないから、無職やめちゃうかもなぁ、と思いました。

父「お前……いい加減にしろ!! ふざけるんじゃない!!」

結局、お父さんはシャレにならないくらい激怒したので、僕は内心なんだか、ほっとしてしまったのでした。そして3時間かなり激しく怒られたあと、結局、旅行に行っても良いことに、なったのでした。

奥山村人(おくやま・むらひと)
1987年生まれ。京都在住。たまに外に出ると翌日筋肉痛で寝込みます。Twitter:@dame_murahito BLOG:http://d.hatena.ne.jp/murahito/

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奥山村人

1987年生まれ。京都在住。口癖は「死にたい」で、よく人から言われる言葉は「いつ死ぬの?」。

@dame_murahito

http://d.hatena.ne.jp/murahito/