
加藤シゲアキ『ピンクとグレー』(角川書店)
芸能人が書く小説は度々話題にのぼる。しかし、その多くが「どうせゴーストライターが書いているんでしょ?」、「芸能人が書く小説なんて『ホンモノ』からほど遠いよ」という、マイナス方向の下駄をはかされて受け取られているように思う……というか、わたしが一番それを強く思っている。
しかし、あるとき編集者とヒドい芸能人小説の話をしていたら「でも、本当に芸能人の書く小説ってゴミばっかりなんですかね? 芸能人が書いているからって必要以上に下に見られてないですか?」と言われて、少し考えるところがあった。
たしかに芸能人が書く小説だからと言って、最初から評価を下方修正するようなバイアスを持つ理由はない。兼業でもベストセラー作家は数多くいるし、純文学の世界でも珍しくない。海堂尊(医師)、村上春樹(元・喫茶店経営者)、磯崎憲一郎(有名商社の人事担当者)、そういえば、川上未映子もミュージシャン兼作家として注目されていた。海外に目を向ければ、ブラジルの国民的歌手、シコ・ブアルキが小説家としても評価されているのが思い浮かぶ。
多くの芸能人小説家にとって、小説の仕事は「副業」でしかないかもしれない。けれど、副業だからと言って「ホンモノが作れない」という理由はないのだ。芸能界という知られざる世界を知っている兼業作家だからこそ、普通の作家には書けないものが書けるという利点さえありえる。
そこで当連載では、芸能人作家の小説を「端からくだらないもの」と斜にかまえて受け取る態度を捨てて、大真面目に読み込んだときに見えてくる「ホンモノの文学性」を提示してみたい、と思う。
拙い青春小説と油断していたが……
第1回目は、6月に4作目となる短編集『傘をもたない蟻たちは』(角川書店)を出版した加藤シゲアキを取り上げる。彼の処女作『ピンクとグレー』(角川書店 2012年)は、芸能人小説というジャンルを飛び越えた衝撃作だったのだ。
この作品が12万部を超える大ヒットになったのは、彼が所属するグループ、NEWSのシングルの初動売り上げが10万枚を下回ることがないことを考えれば、それほど驚くことでもないかもしれない(映画化も決まっている。2016年春公開予定)。しかし、帯に書いてある「二人の青年の愛と孤独を描くせつない青春小説」というコピーには多くの読者が裏切られている、と思う。
物語の舞台は芸能界。作者である加藤シゲアキの、大阪出身、青山学院大学卒という経歴は物語の主人公にも投影されていて、ある種の自伝小説的な匂いも感じられる。しかし、主人公は(作者のように)華々しく芸能界で活躍するタレントではない。輝かしい天才は、主人公の親友に与えられている。小説の大半は、主人公の青年とその親友の、才能をめぐる愛憎劇という形式で進行する。
あっという間にテッペンを取ってしまう親友に対する強烈なコンプレックスを感じながら、主人公は同時に芸能界のダーティーさを嫌悪している。その嫌いなはずの世界に、バイトをしながらでもしがみついている主人公の女々しさが作中で描かれる。ただ、この基本線は、よくある話だ。そして、加藤の筆致もやや稚拙さが目立っている。
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