国家の資財を大赤字にしてまで5人の妻たち(性奴隷)に執着したイモータン・ジョーの判断は、独裁者として致命的なミスです。正しい独裁者であれば、ほどほどに妻たちを探索し、取り戻せなかった時は、「死体をでっち上げ」て、「裏切り者の末路」として国民に示す方が支配を強化出来るでしょう。『マッドマックス』においては、イモータン・ジョーの独裁国家は、すでに内側から崩壊しているのではないでしょうか。
あの圧倒的なフェミニズム描写には、「ファシズムがマゾヒズムによってすでに書き換えられていること」を隠す効果もあるのかもしれません(倒すべき敵がすでにいない物語に、人は関心を持ちにくいでしょうから)。ですから、フュリオサがワイブズをイモータン・ジョーから奪った時点で、既にフュリオサたちの勝利は確定していたのです。
そしてこれによって、マゾヒズムによって既に書き換えられていたファシズムがファシズムとして効力を発揮するその根幹が見えてきます。
つまり、ファシズムがファシズムたる一番の機能は、「産めよ増やせよ」なのです。
「産めよ増やせよ」がファシズムの最も重要な機能であるからこそ、ワイブズたちは性奴隷とはいえ、産む機械として悪くない暮らしができていたわけです。だからこそ、爽快なフェミニズム映画として楽しむフェミニストたちに、ネトウヨ的観点から怒りが向けられるのは必然です。つまり彼らの根底には、「君たちだって加害者だったのだ」という気持ちがあるのでしょう。
これは、フェミニズムスタディーズをアップデートするための重要な指摘でもあります。「女性は常に被害者ではない」、つまり、「女性の加害者性」を視野に入れ、当事者性だけではない、非当事者の視点を含めることができれば、ジェンダースタディーズはさらなる発展を遂げるでしょう。
■ 柴田英里(しばた・えり)/ 現代美術作家、文筆家。彫刻史において蔑ろにされてきた装飾性と、彫刻身体の攪乱と拡張をメインテーマに活動しています。Book Newsサイトにて『ケンタッキー・フランケンシュタイン博士の戦闘美少女研究室』を不定期で連載中。好きな肉は牛と馬、好きなエナジードリンクはオロナミンCとレッドブルです。Twitterアカウント@erishibata