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自傷女子高生は「構ってちゃん」だと思っていませんか?

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別世界と「伝染」

「えっ、学校辞めたの?」

通信制高校に移ってから、会う人会う人に言われました。少なくない人が「もったいない」とも言いました。それら言葉を受け、私は「まあ、偏差値は良い学校だったしな」と思い、そして「そんなもん捨ててでもやりたいことが、私にはあるんだ」と気合いを入れておりました。

英語学校には週三以上のペースで通っていました。英語が、正確には英会話が、私の性質に合っていたようです(読み書きは壊滅的に苦手です、今でも)。授業のない日も教室に出入りし、事務仕事を手伝わせてもらったり、その隙にネイティブの教師らと音楽の話で盛り上がり、もちろん授業は必死で受けて……。日に日に自分の英語力が上がるのを実感出来るのは本当に楽しかったです。

一方で精神状態はどうだったかというと、決して平穏なものではありませんでした。服薬し、カウンセリングを受け、それでも、頻度が減ったとはいえ自傷がありました。

学校という「義務」から解放され、自分が好きなことだけに打ち込める生活は得がたいものでした。時間を自由に使えるという点は、私をずいぶん楽にしてくれたと思います。でも、高校という「ハコ」から外に出ると、もう後ろ盾みたいなものはありません。「I need to be myself.」自分をしっかり持たねば、という別の緊張感も発生しました。

ただ、当時の記録には、「英語学校が楽しくて仕方ない」、「これが私の望んでいた生活だ」という前向きな記述もありますが、しかし、「感情が誰か・何かに規制されている気がする」、「ひとりだ。私は今、とんでもなくひとりだ」と、これまたアップダウンがかなりあったようです。

高校卒業予定が一年半後の三月、アメリカの大学は主に九月から始まりますから、渡米は早くてもその少し後、2002年の夏。それまでに必要なTOEFLテストのスコアを獲り、事前に大学を決めておく必要もありました。道のりは長いです。

時間はあったので簡単なアルバイトを始め、相変わらず音楽を聞きながら、私は形のはっきりとしない不安にとらわれ始めます。

「私、この先一体どうなるんだろうなぁ」

こういった不安は、誰にでもあることと思います。しかし私の不安はどういう訳か、よからぬ方向へシフトしてしまうのです。

「いっそこのまま死にたい」

世に言う「希死念慮」というやつです。今書いていて、恐らく読者の皆様も心に抱くであろうツッコミが浮かびました。

「NYに行くっていう大目標があるのに、なんで死にたくなってんの?」

こればかりは私にも分かりません。しかし、「レール」から外れて、むしろ自ら進んで別の方向に踏み出してみると、そこはまさしく荒野。自分で決めた道を自分の足で歩いて行くしかない、ということ。それは長らく平坦な「レールの上」にいた私には、いささか荷の重いことだったのかもしれません。

この頃から、私の自傷行為に新たな選択肢が加わりました。大量服薬です。

とはいえ、そんなに強い薬を飲んでいた訳ではありませんし、量もそれほど多くはありませんでした。死ぬことが出来ないのは何となく分かっていましたが、それでも飲んでしまうことがありました。

自傷が「伝染」する、と知ったのもこの時期でした。

全日制高校の友人がある日、腕を切ったのです。

「むしゃくしゃしてて、アンタがやってたから、すっきりするかと思って」

これは大変ショックな出来事でした。正直に言えば、親が泣いた時よりも酷い罪悪感に襲われました。

さらにもう一件。私を慕ってくれていた知人が、手首を切りました。

「戸村さんみたいになりたくて、真似してしまいました」

どちらも深い傷ではなく、幸いその後二人の自傷が続くことはありませんでした。しかし、私のせいで彼女達に傷が出来てしまった。そう考えると、申し訳なさから、そして「罰として」、もっと自分を傷付けないといけないような悪循環に陥りました。

彼女達は、「腕を切っている私」を通じて、自傷行為を「発見」したことになります。もし、彼女達が私を知らなければ、周囲に自傷をしている人間が居なければ、「自分を傷つける」なんて行為はしなかった可能性が高いです。

今思えば恐いことです。私が何気なく晒していた傷が、彼女達に一つの「術」を教えてしまった。もしかすると私が知らないだけで、私の腕をきっかけに自傷に及んだ人がいたかもしれません。

自傷の痕は「トリガー(きっかけ)」になります。私自身、他の人の傷を見て「自傷欲」のような感情に襲われたことがあります。

こういった経緯もあって、後に私は傷を執拗に隠すようになりますが、その辺は追って。

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戸村サキ

昭和生まれ、哀愁のチバラキ出身。十五歳で精神疾患を発症、それでもNYの大学に進学、帰国後入院。その後はアルバイトをしたりしなかったり、再び入院したりしつつ、現在は東京在住。

twitter:@sakitrack